屋根裏部屋③
「なにもないならうちで働く?面接はするけど。うちの従業員って変わり者が多いから、商品に対する愛情は深いんだけど他の事はからっきしの無関心で整理整頓とか苦手なの……あなた片付けが得意そうだし、器用そうだから喜ばれると思う。寮があるから住む場所だってあるし、あなたが望むなら色んな国にある支店を回ってあなたの新しい主人を探すのもいいんじゃない?」
「新しい主人……ですか?」
考えてもみなかった提案をされ瞼をパチクリとさせるリアースは、だがすぐに戸惑ったように視線を揺らす。
「ですが僕の主人は一人だけで……」
「あのね、長い人生でただ一人の雇用主に人生の全てを捧げるなんてレア中のレアよ。普通はより良い雇い主を見付けたら転職は当たり前!あなたの場合は……モルフォはもう亡くなっているんだし、いい加減未来を見ないと。モルフォだって悲しむわ」
「そう……なんですけど」
「それでももし、モルフォに会いたいっていうなら……クリスティーがよく言ってることがあるんだけど、彼女は一度死んでから生まれ変わった記憶があるの。つまり前世の記憶があるってこと!だからあなたの主人も何処か別の場所で別の人として生まれ変わってるかもしれないじゃない!だから会いたいなら色んな人と会わないと!新しい主人を探すにしろ、生まれ変わった主人を探すにしろ、この屋敷から出ないと始まらないわ!例え生まれ変わっていたとしてもあなたには分かるんでしょう?」
シャロンは商人らしく目に見えるものしか信じない現実的なところがあるので、クリスティアの生まれ変わりの話をあまり信じてはいないのだが、一人だけを主人と信じて他を認めたくないリアースにとってはきっと前を向くいいきっかけになるだろう。
現にリアースはシャロンの言葉に強く、強く頷く。
「……えぇ、必ず!絶対に分かります!」
「だったら絶対にうちで働くのがいいと思う、世界中を探してあなたの主人を見付けるの!素敵でしょう?」
きっと惹かれるようにして分かるのだ。
確信と自信を持ったリアースの瞳に輝きと希望を見て、シャロンは安堵する。
謎解きを終えればこの屋敷を否が応でも去ることになる彼の寂しさが少しは軽くなるのならばそれでいい。
ずっと過去に縛られ続けるよりかは……。
とはいえクリスティアの言う前世の世界はこことは違う世界らしいので、この世界の何処かでモルフォが本当に生まれ変わっているのかは分からない……。
しかも10年前に亡くなったのであれば生まれ変わっていてもまだ幼い子供であろう。
なんだかリアースのことを騙しているような気がしないでもないが、こんなリアースをモルフォが天国から見ていれば心配でこの世界に生まれ変わるだろうし。
このままだと生まれ変わった10歳の子供相手に我が愛しのご主人様と跪いて、リアースが変質者として両親に訴えられるなんて事件を起こしかねないので。
どちらにせよ新しい主人と出会うまでは商会で働いてもらって、シャロンがしっかりと監視をしてその滑稽で純真な姿を励ませばいいと、想像してクスリと笑ったシャロンは傷跡のある腕を撫でる。
人との出会いを大切にしなければならない、それが心惹かれる相手ならば尚の事。
商会の仕事を手伝うと決めたときに父親から掛けられた心得を今、思い出す。
シャロンはモルフォ以外に執着のない危なかっしいこの男のことを放っておけなくなったのだ。
「なら、あなたの再就職のために早くこの謎を解かないとね」
「えぇ、そうですね。そうできたら……きっと幸せなのだと思います」
良い人材を手に入れて俄然やる気が起きたシャロンは今度は丁寧に捜索を始める。
リアースも、進むべき未来の選択肢が増えたことに笑みを浮かべて……止まっていた手を再開させる。
「この部屋には弓はないのね、元からそうなの?」
「はい、弓やリンゴに繋がるものはありませんでした。ここは使用人部屋ですから。一度改装はしましたけど、インテリアなどは自分で決めなさいとモルフォに言われたので僕が選びましたし……元からあるのはこの床のラグだけです」
「ふーーん」
ならばモルフォが直接関わってはいない家具を探しても意味はないかもしれない。
クリスティアもよく言っている。
謎解きに行き詰まったときは一箇所に固執するのではなく全体を見直すべきだと。
ならばこの部屋全体を見るべきだと、シャロンは円形の部屋を見回す。
白い壁を見て、赤いラグの敷かれた床を見て、太陽の光りが注ぐ天窓を見上げたシャロン。
丁度その時、太陽が雲で隠れたのでよく見える窓枠の中央に菱形のような鍵穴が見える。
「この天窓……開くの?」
「いいえ、開きません……どうしてですか?」
「だって、ここに鍵穴が……」
そう言いかけてシャロンの言葉が止まる。
そしておもむろに机の上に立ち上がると天窓へと向かって手を伸ばし、触れる。
遠慮なく机に乗るシャロンの姿にリアースがギョッとして驚きつつも、バランスを崩して落ちないようにといつでも抱き止められるように両腕を差し出す。
「な、なにかありましたか?」
「ねぇ、あなたの言っていた遺言の内容ってなんだっけ?」
「弓を射てリンゴを壊せ……です」
「ちょっと待ってて!」
なにかに気付いたのか、机から飛び降りて慌ただしく部屋から出て行くシャロン。
茫然としたまま腕を差し出したままの姿で置いていかれたリアースが待つこと数分、天井からガタガタという音と共に天窓からシャロンが顔を覗かせる。
「あ、危ないですよ!?」
「ねぇ、見てて!」
まさか屋根に上って来るとは思わなかったので慌てるリアースを気にせずに、天窓をシーツで覆ったシャロンは部屋を暗闇にすると、いつも自身が宝石などを鑑定するときに使う小さな懐中電灯を使ってあの菱形の鍵穴を照らしてみる。
その懐中電灯の光りはまさに矢のように一筋の光りとなって……部屋へと差し込む。
「これは……」
「光りが届いた場所、覚えておいて!」
声と共に暗がりとシャロンが消えると屋根裏部屋へと戻ってくる。




