二階の書斎②
「いいえ、ミサはわたくしの魔法道具です。エヴァン先生に作っていただきましたの」
「魔法道具……ですか?」
「えぇ、人の形をして喋る掌に乗るくらいの小さな女の子です。彼女の魔力を元にして作られた魔法道具で私の力作なんですよ。彼女の魔力を魔法鉱石に注いで核を作り、そして彼女が望んだ姿をその核の中の魔力に形成して、留めて作るんです。興味があるようでしたら先程のクシビアの本はおすすめです、私が手本にした方法がほぼそのまま記載されているので。ただ魔法鉱石には人との相性があるので見合う物を見つけるのがまず大変ですし、形成が上手くいくとは限りません。失敗して爆発……なんてことも多々ありました。そういった問題をクリアしていき彼女の魔力と望む姿を覚えさせた核は彼女の魔力さえあればいつでも何処でも持ち運びが自由自在の魔法道具が出来上がるというわけです!しかも!ミサという核とは別に記録用の魔法鉱石に記憶したデータと連動すれば膨大な情報をいつでも引き出せるんです!ミサの中にはいわば巨大な書斎!ゴーレムなんかより遙かに知能の高い……いえそこら辺の人よりも賢いのがミサという魔法道具です!羨ましいですよね!私も新しい魔法道具を次々と開発したいのでそうなりたいくらいで!そういえば最初に知識のアップデートをしたときに……!」
「エヴァン先生、リアース様がお困りだわ」
ミサの小さなサイズを両手を広げることで表しながら、それがいかに素晴らしい作品かを段々と熱く語りだしたエヴァンにリアースが困惑している。
魔法道具の話になると熱くなるのがエヴァンの悪いところだ。
ミサの開発には確かに苦労があった。
側で見守っていたクリスティアもその苦労がよく分かっているので、その話をエヴァンが語り出したら半日は潰れてしまうと止めれば、これは失敬っとエヴァンは開いた口を閉じる。
「あはは……魔力とは不思議なのですね。あの、その魔法道具は人間的なのですか?」
「人間的……とは?」
「例えば感情的な面で。魔力はあなたの一部なのですからあなたと同じことを考え行動する魔法道具なのかと思いまして……あなたに似ているのですか?」
リアースはおかしなことを聞くのだなとクリスティアは小首を傾げる。
「いいえ全く。ミサはわたくしの魔法道具ですが、感情や行動を学習する過程はわたくしがそれらを学習した過程とは全く異なりますから。あの子はわたくしの魔力であってもわたくし自身ではございません。そう考えるとミサはわたくしの子供のようなものですわ」
ニッコリと微笑んだクリスティアに納得したというか、嬉しそうなリアースはだがすぐに不安そうな表情を浮かべる。
「あのもし……もしその魔法道具の核が壊れてしまったら……魔力はあなたの元へと返るのでしょうか?」
「返るとは……不思議な言い方をされるのですねリアース様は。どうなのですかエヴァン先生、ミサの魔力はわたくしの元へと返ってくるのですか?」
「うーーん、難しい質問ですね。元になっている魔法道具から魔力を抜き出せば戻るというより消えるというのが今の知識としては正しいのかもしれません。魔法道具に対しては魔力は焚き火の火種のようなものです。一度魔力を込めれば後は魔法鉱石の力が尽きるまで火種の魔力を一定の時間、維持してくれます。なので術者は基本火種以上の魔力は必要なく、使用した魔力は時間と共に自然と回復していきます」
「えっと……」
「例えば体にある魔力の器の限度が100だとして魔法道具にその内の10を使用したとします。10の魔法道具が発動した状況下でも減った器の魔力は自然と100に戻ります。それに魔法道具に使用された魔力の減り具合と器の回復具合はイコールではありません、器の魔力が回復するほうが明らかに早いのです。もしその減った10の魔力が消費した端から術者の元へと戻るのならば辻褄があいませんし、減った魔力は減ったまま回復に時間が掛かるということになりますから。90、80と多く魔力を使う者達にとっては命取りになるでしょう。それにもし魔力が使用した分、減ったままであるのならばその10の魔力を永遠にその魔法鉱石に留める方法があるということですから、ミサに行っている定期的な魔力の供給は必要なくなるわけで……うーーん、やはり魔力が使用者本人に返るということはないと思います」
それはつまりクリスティアの魔力が全て無くなれば自身で回復する力のない彼女の魔法道具であるミサは必然的に消えてなくなるが、ミサが消えても魔力を自然と回復し続けるクリスティアにはなんの影響もないということ。
その姿形が消えたことにすら……クリスティアは気付くことが出来ないのかもしれないのだ。
「やはり、そうなんですね……」
「まぁエヴァン先生、心外です。わたくし、ミサが消えてしまえば必ず気付くはずですわ。そしてあの子は消えたとしてもわたくしの元へ必ず返ってまいります」
「……えぇ、確かにそうですね。ミサならばなんとしてもあなたの元へと返るでしょう。これはあくまで仮定の話です。魔力がなんであるか解明されてないこともまだまだ多いですから。体にある魔力が100の器の中に50しか溜められない形なのだとしたら、10の魔力が入る余力もあるでしょうし。なによりも戻りたいと強く願えば……理など意味をなさないものですから」
落胆したように肩を落としたリアースは感受性が強い人物なのかもしれない。
エヴァンの仮説に頬を膨らませて反論をするクリスティアに、実際に使用した魔力がどうなるのかは目に見えないのだから誰にも分からないのだとエヴァンが苦笑いをしたところで、ドレスルームの扉がバタンと勢いよく開く。
「シャロン!」
「いい加減にして!あなたにはうんざりだわハリー!」
怒り心頭のシャロンが扉から出て来たかと思えば後を追うハリーがその腕を掴む。
だがすぐさまシャロンはその手を振り払い退けると、一番近い場所にいたリアースをギロリと睨みつける。
「客室とドレスルームにはなにもなかったからあなたの言っていた隠し通路に案内して!」
「えっ?あの……」
「シャロン!」
「あなたはついて来ないで!」
リアースの腕を引っ張り、後を追おうとしたハリーを制して寝室へと消えていったシャロン。
壁の中にある階段を天井へと向かって勢いよく踏みしめる怒りに任せた足音が聞こえる。
「仲直りの機会を与えたというのに……あなたってばなにをしたのかしらハリー?」
シャロンと二人きりにして仲直りをさせようとしたのに怒らせるなんて……。
項垂れるハリーの横顔を見ながらクリスティアは深い溜息を吐くのだった。




