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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
357/631

食堂と厨房①

 庭の木々達が影となって、室内の明かりを灯さなければカーテンを開いただけではあまり明るくはならない食堂をロバートが一人、探索している。


 ダイニングテーブルの上に飾られた燭台。

 そのテーブルの中央には木に止まる羽を広げた鳥の彫刻があり、恐らく爪の部分に果物を引っかけられるように作られている。

 食堂の奥、厨房側の壁には蔓の額縁の中にその額縁に手を伸ばそうとする一人の男が威厳に満ちた厳めしい顔で描かれた絵画が飾られている。


 食堂には似つかわしくない絵画だ。


 そしてその絵画の対面側の壁には大きな鏡があり、絵画の男と鏡に映る絵画の男に中央の食卓を監視されているかのように挟まれながらロバートはウロウロと所在なさげに、なにかないかと辺りを探し歩く。


「ロバート様、そちらに弓かリンゴはございましたか?」

「いや……」


 厨房からひょっこりと顔を覗かせたのは共に食堂へと来たフラン。

 二人で同じ場所を探すのは効率が悪いので別々に探そうとフランに提案され、ロバートはかなり渋ったが食堂と厨房それぞれに分かれて探していたのだ。


 こちらへと覗いた姿が可愛い(というかフランの全てが可愛い)とトキメク胸を押さえながらロバートは肩を竦ませると忠犬のようにフランへとすぐに近寄る。


「食堂に武器になるような物を置くはずはないから、あればすぐに目に付きそうなものだが……ないな」

「そうですね。厨房にもそれらしい物はございませんでした」


 近寄ったロバートのことを怖がりもせずに見上げ、視線を合わせるフラン。

 ロバートが勇気を振り絞ってカフェデートに誘い手紙のやり取りを初めてからというもの、フランの態度は随分と気安くなった気がする。

 こうやって近寄っても怯えることなく、むしろ自分からも近寄ってきてくれるフランの態度に、嬉しいと感情が爆発しそうなロバートはここ最近ずっと浮かれっぱなしでだらしなくなってきている態度を自重しなければと心の中で自身を戒める。


 だらしない姿は紳士としてはマイナスらしい。


 数日前から自分に紳士としての心得を指導してくれている軟派者のハリーの言葉を思い出しながらロバートは掌を握り気を引き締める。

 今だって食堂や厨房に弓に関する物はなかったとシャロンから預かったリストをロバートに見せようと腕が触れ合うくらいの距離で身を寄せるフランに、ロバートはニヤけそうになる唇にきゅっと力を込めて耐えているのだ。


 正直、フランを前にすればロバートにとって謎解きなどどうでもいいことだった。


「食堂ですし……やはりリンゴに関する物を重点的に探すのが良いのでしょうか?」

「いや、弓とリンゴがセットであるのならば単体で探してもあまり意味はないだろう」


 敵に知られないように騎士間で使用されている暗号も二つ以上のものを組み合わせなければ解けないというものであるので、二つのものが出て来たのならばその二つが重要だということだ。


「馬鹿正直に弓を探すより、弓に纏わる物で食堂や厨房にあってもおかしくない物を探すほうが良いのかもな」

「纏わる物ですか?」

「あぁ、例えば弓の一部。弓に張る弦で言えばあの額縁の蔓と同じ響きであり、矢でいえばテーブルに飾られた鷲の羽根は矢によく使用されている。そして物語で言えば……絵に書かれているウィリアム・テルは弓の名手だ」


 この食堂には弓自体は無くてもそれに纏わる物は多く有ると示すロバートは、最後に厨房側の壁に掛けられている絵画を見る。


 真っ直ぐ前を見据えている男性の油絵はロバートが幼い頃に読んだ本の挿絵に描かれていた英雄譚そのものだ。

 わざわざどうして本の挿絵を絵画にしたのか……余程、バタフライ・モルフォは弓を扱う人物が好きなのだろうかと訝しむロバートにフランが感心したよな声を上げる。


「博識なのですねロバート様」

「いや!そんな!騎士として武器に少しばかり知識あるだけだ!それに英雄譚となれば騎士になりたい俺のような者は幼い頃に憧れを抱くし!」


 あわあわと慌てたように否定するのは普段から褒められ慣れていないからだろう。

 大いに照れるロバートの姿に、フランは微笑む。


「ですが騎士になるために努力をされたからこその知識なのですから私は素晴らしいと思いますロバート様。ではそういった物を探すのが良いのでしょうか?」

「う、うん。そうだな」


 フランに自身の努力を肯定され照れくさそうに頷いたロバートに満足をして、フランは改めて辺りを見回す。

 とはいえフランに武器の知識というものはないので、リンゴに関する物を探すのが良いだろうと思っていれば……バチッという破裂音と共に急に食堂の全ての明かりが消える。


「きゃっ!」

「なんだ!?」


 突然の暗闇に驚いた声を上げたフランが思わずロバートの胸に身を寄せる。


 一体なにが起きたのか……。


 客室の方から響いた破裂音に警戒するロバートが、身を寄せたフランの背を抱き締める。

 アリアドネの短い悲鳴に、カイリの怒鳴り声。

 客室でなにかあったらしく、暫くなにかごちゃごちゃと混乱したような声が響く。


 確か客室にはユーリが居たはずだ。

 守るべき主君の危機かもしれないとその姿が無事か確認しなければと思うロバートだったがしかし、怯えているフランを残してはいけず……ならば代わりにと客室に向かって声を張り上げる。


「殿下!大丈夫ですか!?」

「あぁ、ロバート!問題ない!魔法道具が発動して停電しただけだ!そちらは大丈夫か!?」

「えぇ、問題ありません!」


 すぐにユーリの返事が響き、騒ぎが収まったようなので安堵する。

 なにをして魔法道具を発動したのかは分からないが問題はなさそうだ。


「大丈夫かフラン?」

「は、はい。驚いただけですロバート様」


 不安でドキドキと鳴る心臓を押さえるように胸の前に手を置くフランの、心配げだが無事な様子に一安心するロバート。

 そんなロバートの降ってきた声に、やけに近い気がすると見上げたフランの眼前に広がった心配そうな水色の瞳に、肩を跳ねさせたフランは飛び退くように慌てて離れる。

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