一階の客室③
(この弓が向いていた方向は、あの弓か……そうか、あれは木になるリンゴだな)
階段側に飾られた弓。
アリアドネが物欲しげに見上げていたあの緑色の弓に鏤められた赤い宝石はまるでリンゴのようではないか。
まさに連想ゲームだと気付いて、遺言の内容である弓を射てリンゴを壊せが今、ユーリが持っている弓からあの緑の弓に向かって矢を放つことならば……なんらかの謎が解けるはずだと確信する。
もしそうでなければ……無残にも矢が当たり壊れるであろう弓に弁償の二文字がユーリの頭を過ぎる。
きっとシャロンに法外な値段を吹っかけられるであろうことに少しだけ矢を放つことに躊躇いを生むがこれ以上に遺言に当て嵌まることもなく。
覚悟を決めて狙いを定めたユーリは魔力を込めて矢を、放つ!
「なに!?」
確かに構えた肩に震動があり矢の放った手応えはあった。
だが弓に刺さると思っていた矢は予想に反してユーリが持つ弓からは放たれず。
ユーリの魔力だけを抜き取ったかのように光りの筋となり弓から放たれると、階段側の弓を射貫きバチッという破裂音と共に電気が消え、辺りが暗くなる。
そして同時に、壁や床に這うように青白い光りの筋が走り抜ける。
「きゃっ!」
「おい!なにをした!」
光りの筋から逃げるようにして飛び上がるアリアドネと、突然の破裂音と悲鳴にカイリが驚いた声を上げ、漏れてきた光りに釣られるようにして客室へと入ってくる。
地面を這っていた光りはすぐに消え、なにが起きたのか分からない驚きで静寂が訪れるのかと思ったが、すぐにアリアドネが震える指を玄関の間へと続く扉へと示す。
「お、おば、おばけ!」
アリアドネが指を差した方向、まさにカイリの真後ろに、50歳位の薄らと姿の透けた女性が物静かに立っている。
あの寝室に飾ってあった写真に写っていた人物だ。
カイリが振り向くと驚きで瞼を見開き、ユーリがアリアドネを庇うように前へと立つ。
「違う、ただの映像だ!人騒がせな!」
だがすぐに、目の前の人物の違和感に気付いたカイリが眉を顰めて女性へと手を伸ばす。
その肩に触れようとするとまるで陽炎のようにその場所だけが揺らぐ女性。
触れられたことになんの反応もなく、動き出した女性はカイリを通り抜けると階段側の扉前を通りソファーへと腰を下ろす。
玄関の間に飾られた黒い弓から女性へと光りの筋が繋がっている。
試しにとカイリがその光りを遮るように手を差し出せば女性は消え、手を引っ込めると再び女性は現れる。
あの黒い弓はただの弓ではなく魔法道具であり、この女性を映しだす投映機なのだ。
「殿下!大丈夫ですか!?」
「あぁ、ロバート!問題ない!魔法道具が発動して停電しただけだ!そちらは大丈夫か!?」
「えぇ、問題ありません!」
食堂から心配したロバートの声が響く。
それに返事をして、ユーリは映像の女性を見つめる。
よく出来た魔法道具だ。
「も、もう!驚いた!」
「大丈夫か?」
幽霊かと思ったと、心底驚き、心底安堵したアリアドネは緊張して上げていた肩を降ろせば、思った以上に近い距離で響いたユーリの声にまた、肩が上がる。
恐怖に駆られて、庇ってくれていたユーリの背中の服を無意識に掴んでいたのだ!
見上げた先にある美麗の推しの顔に心臓が爆発するのではないのかというくらいの衝撃を受け、一気に体温が上がったアリアドネは慌てて掴んでいた服を離し、一気に後退る。
「すっ、すいません!驚いてしまって!」
「いや、構わない」
離れたアリアドネの心臓がバクバクバクと壊れそうなくらい脈打っている。
至近距離で見たユーリの顔に、幽霊かと思って驚いた映像機の姿なんて頭から吹っ飛ぶ。
「あの黒い弓に嵌められている石が魔力の込められた映像機だな。発動するなにか仕掛けがあったはずだ」
「この茶色の弓で魔力の込めた矢をあの緑の弓に向かって放ったら作動した」
「見せてみろ」
ユーリから茶色の弓を受け取りカイリが見回してみる。
「矢は弓に嵌めると放てないように造っているな。この鏃は魔法鉱石だ、魔力を増幅する珍しい物で弓は取り込んだ魔力を矢の代わりに放つようにして改良したのだろう。映像機っていうのは最初頃は映像を記録する道具と映す道具が別々であったから恐らくこの二つの弓は壁の中で繋がっている記録機と映像機のはずだ。記録機に魔力を込めれば自然と映像機が記録した映像をこの部屋へと映し出す仕掛けだ……だが何故、床が光ったんだ?」
流石、対魔警察とあってカイリはこの映像がどう部屋に映し出されているかの仕掛けを理解し説明すると、最後にポツリと小さく呟き床を見て訝しむ。
その間も映像の女性はまるでそれが決めらているかのような動作で客室を動き回り、最後に自身が現れた黒い弓の下へと立つと静かに客室に向かって微笑み……扉から外へと出るようにして消える。
女性が消えたと同時に、室内の明かりが点く。
「恐らくリアースが探しているものはこれだろう」
「そっか……それっぽいですね。あれ?ってことは殿下、私達がクリスティーより先に遺言書の謎を解いたってことですよね?そうですよね?」
「……そう、だな」
見当違いにも二階を探しているクリスティアより先に謎を解いただなんて!
いつも人を弄び、混乱する様を見て楽しむクリスティアに一泡吹かせられるとキラキラと瞳を輝かせるアリアドネの期待した眼差しに、確かにと頷いたユーリも少しだけ浮ついた気持ちになったのは仕方のないこと。
たまには立場が逆転するのもいいだろう。
自分達が事件を解決する、彼女の言うところの敬愛なる探偵となれたことに薄らと口角を上げ二階を見上げたユーリの様を、カイリが同情心を持った眼差しで見つめていた。




