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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
354/630

一階の客室①

「思いの外、広いな」

「ほんとですね」


 シャロンから預かった部屋の家財リストを見ながら呟いたユーリはカントリー調に纏められた部屋の中を見回す。

 子ネズミのように暖炉の側やソファーの周りをうろちょろとしているのはアリアドネで、ロバートとフランが謎解きのために早々に食堂へと消えた結果、余り物同士ということでユーリとアリアドネは自然と二人で一階客室の捜索となったのだ。


 リアースが幽霊ではないと分かり安堵してか、謎解きに力が入っているアリアドネ。

 カイリはふて腐れながら玄関の間で苛立たしげに腕を組んで立っているので、捜索に参加はしないようだ。


「客室にしてはそんなに物がないですね」

「確かに」


 客人に自分の自慢するコレクションを披露するため、物を多く飾る貴族は多いがこの部屋はそうでもない。

 とはいえ物がないというわけではなく、センス良く整理されているので雑然とはしていないせいか簡素に見えるのだ。


 あまり多くの物を飾らないのはコレクションルームがあるのでその必要がないというのも理由だろう。


 少しだけこの客室が閑散と物悲しげに見えるのは所々に飾られた花瓶に花はなく、窓から見える庭園も荒れているからだ。

 季節毎に花を生けたら途端、部屋は彩りを取り戻し、庭園を手入れすればその美しさに視線を逸らせなくなるはずだ。


「えっと、バタフライ・モルフォが残した謎はなんでしたっけ?」

「弓を射てリンゴを壊せ……だな。額面通り受け取るならば弓を探しリンゴを壊すべきなのだろうが……」


 広い客室を見回してみても弓は数点飾られているが肝心のリンゴは見当たらない。


「リンゴはないみたいですし。リンゴといったら……丸くて赤いみたいな?」

「連想ゲームのようなものならば探す範囲が広がりそうだな」


 とはいえ丸くて赤い物も見渡すかぎりない。


 やれやれと肩を竦ませたユーリは、ハリーにシャロンと仲直りしたいからと懇願されて(助けてくれなければ友人を止めるという半分脅しのようなものでもあったが)ランポール邸へと共に赴いたことを後悔する。


 二人の喧嘩に巻き込まれるのはこれが初めてではない。

 幼い頃から事あるごとに二人は喧嘩をしているので(主にハリーがシャロンを怒らせているだけだが)どうせすぐに仲直りするだろうと、ユーリはハリーをクリスティアに預けてすぐに帰るつもりだったというのに……幽霊屋敷にまで連れて来られるとは思ってもみなかった。(クリスティアにすれば連絡もなく来たユーリに対する意趣返しだろう)

 しかもその幽霊屋敷でクリスティアが好きな作家が残した謎を知ることになるなんて……溢れでる好奇心を彼女が示したせいで帰る機会を完璧に失い、随分と面倒なことに巻き込まれてしまった。


「リンゴを探す前に弓を確認するのが先決だな。リストにはこの部屋の弓は計3張。壁掛け時計の下の壁に1張、向かいの階段へと向かう扉の上部に1張、玄関の間への入り口の扉の上部に1張」


 指を差しながらコの字に飾られている弓をユーリが示す。

 形としてはどれもクロスボウの形で、弓部分が天上に向かって飾られている。

 壁掛け時計の下の弓が茶色、階段扉上部の弓が緑色、玄関の間上部の弓が黒色だ。


「どれも古そうですね」

「アンティークであるのは確かだな。あれは100年程前に使用されていたもので、自身の魔法を弓に込めて矢を放つ軽量化された初期の武器だ」


 壁掛け時計の下の弓を示して説明するユーリにへぇーーっと興味深そうにその弓を見上げるアリアドネ。

 100年前の物にしては随分と綺麗で、物持ちが良いんだなと感心する。


「ちなみに価値が一番高いのはどれですか?」

「階段側の弓だな」

「へぇ……古いんですか?」

「いや、それほど古い物ではない。それにあれは実戦用ではなく飾り用だ。部分部分に宝石が付いているだろう、あれに価値がある」

「えっ!?」


 武器として使用するには鏤められた宝石が邪魔だ、あれでは弓に弦も張れない。

 宝石の言葉に階段側の扉の下へと早足で向かったアリアドネは見上げる視線の先に、それほど大きくはないが夜空の星のように鏤められた赤い宝石がキラキラと輝いていることにユーリに言われて初めて気付く。


 言われてみれば確かに高そうな弓だ。


 そしてこの宝石の輝きは……首が痛くなるまでずっと見つめ続けても飽きないと、長い貧乏生活で随分と俗物的になったアリアドネは一つくらいその宝石が取れて落ちてこないだろうかと願いながら宝石同様にキラキラと瞳を輝かせる。


「手が届かないことが憎らしいです」

「ふっ……そうか」


 どう足掻いても手は届かないと分かっているだろうに……。


 それでも試しにと手を伸ばしてジャンプしてみるアリアドネの僅かな希望は案の定、爪の先すら弓に擦ることもなく空振る。

 届くことのない手を握り唇を噛み締めてポツリと呟いた本当に悔しそうなアリアドネの声音に、思わずユーリは笑みを溢す。

 クリスティアが可愛がっているこのメイドの素性をユーリは調べており、人の良い両親の元で長らくの貧乏生活をしていたことを知っているのだ。

 彼女の境遇ならば届かない宝石を羨んでも仕方なし。

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