幽霊屋敷④
「こら!待て!」
幽霊が怖いと言っていた割りには、実に警察官らしく逃げた相手を反射的に追いかけるカイリ。
ダダダッと壁から響く逃げる足音と追いかける足音、そしてドッタンバッタンと争うような音が二階から響き……しんっと静まり返る。
「レーニック、大丈夫ですか?」
「取り押さえた!二階の部屋で!こいつ触れる!?」
「大丈夫そうですね。通路は狭いですので階段から行きましょうか」
隠し扉の中へと向かってエヴァンが問いかければ、カイリは混乱しながらも大声で確保を告げる。
水道管かなにかの管のようなものが這うその狭い通路をこのままぞろぞろと皆で上がるわけにはいかないと、エヴァンの提案により急ぎコレクションルームを出た一同は隣にある二階へと続く階段を上る。
「レーニック、何処ですか?」
「お前誰だ!?幽霊か!?」
エヴァンの問いに返すというよりかは、興奮して喚いているカイリの声が響く部屋へと入れば、そこは寝室らしく。
コレクションルームの隠し扉と繋がっていたのだろう、隠し扉があったのであろう壁から半身を出した青年が馬乗りになったカイリに取り押さえられている。
茶色の巻き毛にそばかすの浮いた頬、純朴そうな20代くらいの青年は緑の瞳を怯えさせカイリを見上げている。
「ゆ、幽霊じゃありません!違います!」
「よし!撃って感電しなければ幽霊じゃないと信じてやる!」
「ま、待って!撃たないで!」
抵抗するつもりはないと頭上より高くに両腕を上げて必死に無抵抗をアピールする青年の頭に銃を押しつけて今にもその引き金を引きそうなカイリ。
これではどちらが悪者か分からない。
撃って人かどうか確かめるだなんて、横暴である。
「こらレーニック、落ち着きなさい」
昂ぶった気持ちに歯止めが効かなくなって混乱しているのであろう。
冷静なエヴァンがカイリの横暴を止めるために頭に押し付けられた銃の引き金を引かないように押さえる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
銃とともにカイリを青年の上から引き離すと、倒れたまま怯えた子猫のように震える彼へと手を差し出したエヴァン。
その手に安全を確信したのか、大丈夫ですとふらつきながらもその手を取らずに立ち上がった青年はエヴァンの背にいる毛を逆立てて噛みつきそうなカイリに怯える。
「あなた誰?ここは一般の人が入れるはずないんだけど……どうやって中に入ったの?まさか泥棒?」
「ち、違います!」
青年へと歩み寄ったシャロンが不審者を見るような眼差しを向ける。
ホーム商会が買って管理もホーム商会がしている屋敷に侵入者が居ただなんて一大事だ。
あのコレクションルームにはそれなりに価値のある品物の多くあるのでそれを狙って侵入して不届き者に違いない。
警戒して銃をまだ構えている警察が居るので観念し、逃げ出したりはしないだろうが……。
玄関の鍵をこじ開けた形跡はなかったので、この隠し通路同様に何処かに隠された侵入経路があるのかもしれないので、どうやって入ったのか聞き出さなければこの先も第二第三の泥棒が入ると警戒するシャロンに、青年は戸惑いの瞳を向けると思いも寄らない返答を口にする。
「あの、鍵を……鍵を使ったんです……!」
「鍵?この屋敷の?なんであなたが鍵を持ってるのよ?」
「それは……その……!」
ハッキリ喋らずもごもごと口籠もりながら言い淀む青年にシャロンが苛立つ。
この期に及んで嘘を言って逃れようとするなんて!
カイリに一発、銃をぶっ放してもらって感電させれば正直に話すかしらとシャロンは不穏なことを考えてその銃口へと視線を向ければ、その危険を感じ取ったのか青年の肩がビクリと跳ねる。
「ねぇ、あなた。あなたはもしかしてバタフライ・モルフォなのかしら?それともそのご関係の方?」
「えっ?どうして……」
一番後ろでカイリ達の茶番劇を見ずに、寝室を興味深そうに見回っていたクリスティアが四柱式ベッドサイドにあった写真立てを二つ持ち上げている。
「ほらこの写真に写る人、あなたに良く似ていらっしゃるわ。ここは10年ほど空き家だったとお聞きしております。つまりこの場にある物は全て10年より前の品物。地球儀から察するにモルフォ以外の住人はお住まいになられていないはず……でしたらこの写真に写るどちらかはモルフォ本人やその人となにかご関係があった人物だということ……ですが不思議なのはこの写真に写るあなたに似た人物があなた本人ならば違和感があるのです。左の写真に写るのは10歳位の少女であるのに右の写真に写るのは30歳代くらいに成長した同じ女性、それなのにあなたの見た目は全く変化がありません……あなた本当に幽霊ではないのかしら?」
クリスティアが示したそのセピア色の古ぼけた一枚の写真の中には10代くらいの少女に腕を組まれ青年が微笑んでおり、もう一枚の写真には椅子に座った30歳代位の女性の後ろで全く変わらない同じ青年が立つ姿が写し出されているのだ。
これがもし、月日を重ねた記録を写しだした写真なのだとしたら……二枚の写真に写る人物と、今この場に居る人物は全く歳を取っていないということになる。
不老不死の妙薬などこの世には存在しない。
つまりそれはそういうことなのだと、恐怖に震える手でカイリがトリガーに指を掛ける。
カチリと鳴った銃口はエヴァンの後ろから青年を狙っている。
緊張感の漂った空気の中で、青年が瞼をパチリと閉じて開く。
「おま、やっぱり幽れっっ!」
「ちが、違います!僕はモルフォの、モルフォの、えっと!執事だった人の息子なんです!」
頭を左右に振り、ハンズアップした哀れな侵入者によって叫ばれた意外な真実。
驚く一同を余所にクリスティアだけは、その真実に瞳を輝かせるのだった。




