幽霊屋敷②
「クリスティー、こっちこっち!」
その一番奥の部屋の前へと浮き足だったシャロンが立つとクリスティアを手招きをする。
この部屋がどうやら今日の調査のメインルームらしい。
「ここは特別な部屋だからか、最初から鍵が掛かっていたらしいの」
コレクションルームと扉の上部に銘打たれた部屋の鍵を開けて中へと入り、電気を付けたシャロン。
他の部屋とは違う、クリスタルの豪華なシャンデリアによって照らされた室内はまさにコレクションルームと銘打たれているだけのことはあり。
幾つかの四角形や長方形の台座には彫刻や装飾品の他に、古くて珍しい魔法道具も数多く飾られている。
飾られているのは装飾品より魔法道具の数のほうが多いくらいだ。
そしてこの部屋で珍しいのは、壁には多種多様な弓しか飾られていないという点だろう。
よくある絵画などは一点も飾られていない。
「そしてこれが……今回クリスティーに見てもらいたい品物よ」
部屋の奥へと迷うこと無く進んだシャロンが不敵な笑みを浮かべながら重厚な緋色のビロードのカーテンの右横に立つ。
金糸で縁取られたそのカーテンに魔力を込めれば、オペラカーテンのように中央から左右にカーテンが割れる。
てっきりその先にあるのは窓かと皆、思っていたのだが開いた先にあるのは半円のサンルーム。
ガラス窓から光りが降り注ぐ間違いなくこの屋敷で一番明るく、美しいその半円の部屋の中央、真っ先に目に入る位置にクリスティアが待ち望んだその姿がある。
「さぁこれ!これなんだけど!どうかなクリスティー!」
じゃじゃーーんっと両手を広げて興奮しようにシャロンが披露したそれは美しき女神の彫刻が台座を支えた飾り台であり、その上に件の地球儀が乗せられている。
ガラスケースの中に飾られたその地球儀はこの中のどの品物達よりも一番に価値のある物だと言わんばかりに輝き、守られている。
「モルフォの物かな?」
「どうかしら、モルフォの物ならばどの作品にも通ずる傷や銘があるはずです。この地球儀の表現は殊更写実的に繊細に表現されていましたから……シャロン、触れても構わないかしら?」
「勿論……と言いたいところだけど実はケースが開かないみたいなの。どうやらなにか仕掛けがあるみたいで、それで写真の数も少なかったみたい」
「まぁ、どうしましょう……困ったわ」
「少し良いですか……このガラスケースは魔法道具ですね。仕掛け箱のよう決められた手順で魔力を注がなければ開かないようになっている物です。昔、一度だけ同じ物を扱ったことがありますので私が取り外しましょう。中に入っても?」
「本当ですか!よろしくお願いします!」
エヴァンがタブレット越しにガラスケースを見れば微量の魔力を帯びているのが分かる。
シャロンにサンルームに入ることを許してもらい興味深そうにケースの前に立ったエヴァンはまず前後左右のケースを撫でるように触れてみる。
左右の台座の近くには指の腹で撫でれば分かる微かな窪み、前後上部には爪が引っ掛かる程度の小さな隙間。
ふむっと一つ声を上げながらエヴァンは昔、扱った魔法道具の解除方法を思い出しながら、まずは左手部分の窪みに地の魔力を注ぐ。
「これで、開きますよ」
そしてそこから順番に水の魔力を後ろの隙間、前の隙間に火の魔力、右の窪みに風の魔力を注ぐと、最後に上部に手を押し当てて雷の魔力を注ぐと……台座からカチリとなにかが外れる音がする。
「ありがとうございますエヴァン先生。中の物を持ち上げても問題はございませんか?」
「そうですね……えぇ、問題はないようです。これも一種の魔法道具なので。抱えても壊れませんよ」
エヴァンがガラスケースを外し、地球儀をマジマジと見てみる。
多少の傷はあれどパズルのような継ぎ目はしっかりと繋がっているので壊れることはないだろうと、台座の前をクリスティアへと譲り渡す。
ドキドキと胸を高鳴らせながら台座に近寄ったクリスティアはゆっくりと地球儀を持ち上げる。
クリスティアは今日、この日の為にラビュリントス王国や他の国で使用されてきた古い地図を調べに調べたのだ。
シャロンが地球儀の地図は出鱈目だと言っていたので使用されているのは恐らく古い地図だろうと予測が出来たからだ。
そしてこの地図はまさにラビュリントス王国の建国前。
王国が幾つかの国に分断されていた頃のとある一つの国で使用されていた古地図だった。
ならば西の大陸はこの国から見て左側、蛇のような長さの大陸がそれだと地球儀を回して止めて見れば、確かにそこには溝を切るように十字の傷が刻まれており、クリスティアの体が震える。
それは間違いなくモルフォの作品に出て来た印だ。
ドクリドクリと鼓膜を揺らす心音によって他の誰の声も耳に入らない。
この場には自身とこの地球儀だけしか存在しないかのようなそんな静寂の中で視線を下げれば、支柱の先の台座にはベルハイムの名が刻まれており……クリスティアの興奮は一気にその身へと迫り上がってくる。




