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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
幽霊屋敷と蝶の羽ばたき
344/631

ランポール邸の玄関の間

 週末のランポール邸。

 バタフライ・モルフォの屋敷かもしれない家へ行けることに昨夜から続くわくわくした気持ちを抑えきれないクリスティアを、戸惑いながら私服であるオレンジ色のエプロンドレス姿のアリアドネが呼びに来たのは、汚れても良い藍色のダブリエドレスへと着替えを終えた頃だった。


「まぁ殿下、それにハリーも。連絡もなく訪問されるなんて余程のご用件がおありなのかしら?」

「いや……その」


 中央階段の中程で象牙のような手すりを持って立ったクリスティアは、玄関の間で困ったように立つシャツに茶色のジャケットを羽織ったラフな格好のユーリとその後ろに隠れるにして立つ、同じくシャツに灰色のニット姿で深くハンチング帽子を被ったハリーを見下ろす。


 今日この日はどんな重要な用件であっても絶対に予定を入れず、外出するまでは誰も人を通さないでとルーシーに伝えていたはずだが……。


 侍女であるルーシーを介さずメイドであるアリアドネへとまず声を掛けたのはハリーの入れ知恵だろう。

 ルーシーならばそれが例えどんな高貴なる身分だったとしてもクリスティアが望まないのならば一切の用件も聞かずに追い返すからだ。

 メイドとなって日が浅く、学友であり、身分についての常識を多少持つアリアドネにならば、戸惑いながらも高位である二人を通すと確信しての犯行だ。

 クリスティアとシャロンが週末に会う約束をしていたのを覚えており、ユーリを盾にして会いに来たのだろう。

 ハリーがなにをしに来たのかは分かるものの、クリスティアはなにをしに来たのだと敢えて問う。


「わたくし本日、外出の予定がございますので火急のご用件でないのでしたらどうぞこのままお引き取りをされるか、ルーシーへ言付けをお願いいたします」


 敢えてシャロンのことを口には出さずに、これ以上は中に入れるつもりはないと淑女たる微笑みを浮かべてさっさと帰るようにと玄関へと視線を向けるクリスティア。

 腹の膨れた猫のように、野ねずみのように小さく縮こまっているハリーを爪を立てず弄ぶクリスティアに、間に挟まれているユーリはいつも国のために色々と尽くしてくれいているハリーの心を慮って溜息を吐く。


「クリスティア、意地の悪いことは言わないでくれ……」

「まぁ、意地の悪いだなんて心外ですわ。意気地の無い幼なじみの心を推し量る必要などわたくしにはないでしょう?」

「うっ!」


 いつまで経ってもユーリの後ろから出てこないハリーを見下げるクリスティアの緋色の視線。

 そうやってユーリの背に隠れていてもなんの解決にもならない、むざむざと追い返されるだけだと告げるその視線にハリーは漸くその背から出てくる。


「だってこうでもしないとシャロン、俺と全然会ってくれなくて!学園でも避けられてるし!シャロンに会いたいんだ!!」

「ハリーったら、わたくしは追い返したりはしません。好きなだけここに居て貰っても構いませんわ……シャロンがあなたに会うかどうかは分かりませんけれど」

「そこが一番の難題なんじゃん!」


 漸く出て来た野ねずみを爪を研いで出迎えるクリスティア。

 その振り下ろした爪のなんと無慈悲なことか……。

 シャロンならばハリーの姿を見た瞬間、帰れと一蹴すると分かっているのだ。


 ハリーがなんのためにここ最近の自身の功績を引き合いに出してユーリを王宮から連れ出して盾にしていると思っているのか、これも全てクリスティアを懐柔してシャロンに会うため……。

 手持ちの札で一番最善で卑怯な手を使うことにしたハリーは、どんな罵詈雑言でも受け入れる覚悟だと胸を張る。


「クリスティー、お願い!せめてシャロンに女の子達とのこと誤解を解きたいんだ!」

「クリスティア。ハリーが様々な者達と交流を持ったことの責任は私にもあるから……今回ばかりは頼む」


 頭上に両手を合わせて神に祈るかのように懇願するハリーに呆れながらも、自身の責任でもあるからと頭を下げるユーリにクリスティアは階段を降りながら溜息を吐く。

 憐れな幼なじみの懇願を無下にするほど、クリスティアも鬼ではない。


「バタフライ・モルフォのことはご存じですわね?」

「勿論、作品に関してはクリスティアから耳にタコが出来るほど聞かされたし」

「結構。調査には手は多い方が良いですから、わたくしからもシャロンにお願いいたしましょう。貸しですからねハリー」

「ありがとうクリスティー!」


 貸しの対価は怖いけれども持つべきものは最良の幼なじみ!

 最大限の感謝を示すために両手を広げてクリスティアを抱き締めようとするハリーだったが、ユーリに襟首を掴まれ止められると同時に後ろから地を這うような低い声が響く。


「ちょっと、なにしてるの?」

「シャロン!」


 振り向けばシャツに茶色のサロペット姿のシャロンが据わった目をして立っている。

 その姿を見た瞬間、ハリーはクリスティアを抱き締めようと広げていた手を背中へと隠す。


「おはようございますシャロン。今日という日に天候に恵まれたことを神に感謝いたしませんとね」

「おはようクリスティー!天もクリスティーの下僕だから当たり前よ!」


 据わった目から一転して、クリスティアの柔らかい声に惹かれるようにして近寄ったシャロンはその腕に自身の腕を絡めると、警戒するようにハリーとユーリを睨みつける。


「で?あの二人はなんで此処に居るの?」

「今日の調査に加わっていただくためにわたくしがお呼びいたしました。バタフライ・モルフォの屋敷ですもの、なにか特別な品物が出るかもしれませんから人数は多い方が良いでしょう?」


 ムスッと下唇を突き出して不服を全面に表すシャロンだがクリスティアが呼んだのなら仕方がない、追い返すわけにもいかないと諦める。


「シャロ……!」

「幽霊屋敷の前でフランとも待ち合わせしてるから早く行こ!」

「えぇ」


 声を掛けようとするハリーを無視してクリスティアの腕を引っ張り自分が乗ってきた馬車にさっさと乗るシャロン。

 完全に無視をされ肩を落とすハリーを、ユーリがその肩に手を置いて慰めのだった。

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