変わった彼女達の運命④
「まぁ!そうね、そのほうが面白そうだわ!そうやってなにかを少しずつ変えていけば、前世のわたくし達が生きている世界もあるかもしれませんわね!」
前世の物語を描くというきっかけによって何処かのパラレルワールドではクリスティアの前世である愛傘美咲はまだベッドの上で十分満足な生活を送り、アリアドネの前世である小林文代は社畜人生を送るのかもしれない。
だがきっと二人の前世と違うのは、出会うはずのなかった二人は出会い、友情を育むのだ。
この世界のアリアドネとクリスティアのように。
それはとても良い、素晴らしい未来だとすっかり乗り気になっている様子のクリスティアだが、残念ながらアリアドネは二次創作は見て満足するタイプだったので自分で物語を作るようなスキルを持ち合わせていない。
わくわくとしたクリスティアの期待した眼差しを受け、アリアドネが困っていれば……真っ直ぐに見たその緋色の瞳にフッと頭にノイズのようなものが走りグラリと視界が揺れる。
『……一家……凄惨に……』
テレビの中でニュースキャスターがここ最近一番のニュースである事件を伝えるのを耳に入れながら文代は忙しなくリビングを行ったり来たり。
スマホを耳に当てながら通話している相手へと声を荒げる。
『じゃから三期が決まったから今回のイベントは絶対外せないの!家に戻る暇がない?忙しいのは分かっちょるって!ニュースでもやっちょるし!でもそこをなんとか頼んじょるんじゃん!鍵?鍵はポストに入れてくれちょったらいいっちゃ!』
あぁ、そうだ……これはアリアドネの糸の三期のリリースが決定しての初めてのイベント。
絶対に三期の内容情報が出るから逃せないイベントのチケットを見事当選させた歓喜の中、更に過去に出た商品の再販も決まり、買えなかった商品を買うために削れるものは削りたくて……東京に住む兄へと連絡してホテル代わりに家に泊めてくれとお願いしているところだ。
いつもは泊まることを快諾してくれるというのに今回、文代が泊まることを渋っているのは仕事が忙しく自分が家に帰る暇がないからだ。
男の一人暮らし、然程セキュリティを考えて借りた部屋ではない。(いつも文代が部屋を借りるときはわざわざ仕事を休む)
鍵の受け渡しも出来ないというのにどうやって部屋に入るつもりなのかとあれやこれやと心配する兄に、いつもだったら文代も大人しくホテルに泊まると諦めるのだが……今回ばかりは譲れない。
フリマアプリで法外な値段で出品されている過去のグッズ達を、指をくわえて見ることしか出来なかった再販のグッズの数々を、少ない軍資金で買えるだけ買いたいのだ。
一人で大丈夫だから心配しないでとどうにか言い包めようとするが渋られ、最終的には28歳いい歳した女にシスコンこじらせないでとぶち切れて……なんとかタダの宿泊施設をもぎ取り満足する様を思い出しながら、どうして兄が渋っていたのか……心配していたのか今更ながらに思い知り。
どうか悲しまないでと願う狂おしい気持ちが湧き上がり胸が痛む。
「アリアドネさん?」
合った視線に黙ってしまったアリアドネに小首を傾げるクリスティアを見て、ハッとしたアリアドネも小首を傾げる。
なにを今、思い出して……そんなに狂おしく思ったのだったっけ?
「えっと……それは嬉しいような嬉しくないような?自分で言っといてなんだけど探偵役は荷が重いし……それに前世は平々坦々な人生だっただけにそれ以外の人生を思い浮かべられないから、私が生きている世界があっても複雑な気分?」
「まぁ、もう少しあなたの灰色の脳細胞を良いように働かせて。わたくしでしたら喜びますわ、あなたという新しい友人を得て広がる世界にわたくしはベッドという狭い世界を抜けだし歩き出したかもしれませんもの」
あぁ、探偵小説……。
そうだそんな話をしていたとアリアドネはドキドキと鳴る心音を耳に入れながら考える。
この世界で前世の小説を描き前世の未来が変わるのならばその先で、二人はどう生きるのだろう。
「そのときは愛傘美咲が私を社畜人生から救うエンディングに連れてってくれるかな?」
「ふふっ、それは勿論。小林文代は命の恩人ですもの。きっとその家族ごと、美咲が面倒を見るはずだわ」
「…………」
それは……最高なのかもしれない。
パラレルワールドの文代の未来が輝いている。
ゲームファンで繋がっていたフォロワーの人達も確か10代から40代までの幅広い年齢だったので、若年層と28歳の友情どんとこい。
思っている以上に良い未来が別の文代に訪れるかもしれないことに少しばかり心が揺れるが、小説を描くにしても美咲が死んだ状況を聞かなければならないのは気が引けるのでやっぱりこの案は無しかなと溜息を吐く。
パラレルワールドが本当にあって、そこでどんな未来が訪れるのかなんて誰にも分からない。
なにかを変えたところで、その変わった世界でなにが起きるのかは、この世界に生きている二人には分からないままなのだ。




