変わった彼女達の運命②
「アリアドネの糸、屈指の感動シーン。ハリーはそのまま自分の罪を償うために自首をして、そしてヒロインは出所まで彼を支えるの。最後はシャロンのお墓の前で彼女の死を乗り越えて……この先の幸せを誓ってハッピーエンディング」
「わたくし、ハリーに撃ち倒されてしまうのね」
この世界では生きているシャロンが聞いたらハリーを返り討ちにしそうな内容。
現にその話を聞いていたルーシーはティーポットとカップをカチカチと当てて音を鳴らし、ハリーの暗殺でも考えていそうほど険しい表情で瞳孔を開いている。
「でもそうね、ホーム家が濡れ衣を着せられそうになった薬物事件は大事になる前にわたくしが未然に防いだので……わたくしはあなたの言うゲームの悪役令嬢とはならなかったのでしょう」
「フラグ全部折って始まりすらない!」
そりゃきっかけがないのだからアリアドネの糸のシナリオも始まらない。
始まりの事件を防ぎ、シャロンは死なず、クリスティアは悪には染まらなかったのだ。
「シャロンの事件もだけどゲームの事件が起きたり起きなかったり。クリスティーはとことんアリアドネの糸のシナリオから外れてたり……私が死なないように必死に逃れてた前世の知識ってなんだったの」
「事件に関しては様々な不満が積み重なり些細なきっかけで起きるものです。ゲームと似た事件ではあれどそれがシナリオに沿って起きているというわけではないのでしょう。事件を起こすも起こさないも結局のところ全てその人の心次第、今、此処に居るわたくし達はなにかを演じている役者というわけではないのですから」
「うーーん、確かに……被害者も加害者も同じ事件があったり、人は全く違うけど事件の内容が似てたり。事件が人の心次第で起こしたり起こさなかったりするっていうのには納得するけど……でもゲームのシナリオが関係ないなら私達の名前が前世のゲームと一致しているのは一体なんでなんだろう?」
「でしたらあなたのいうゲームのシナリオは幾つかある世界の一つ中の物語なのかもしれませんよ」
「……どういうこと?」
「この世界と似た別の世界。所謂パラレルワールドですわね。もしかするとわたくしが悪役令嬢として君臨するゲームのシナリオを描いた作者の方はそういった世界の一つの中から転生をされてわたくし達の前世でゲームという形で発表したのかもしれません」
「えぇ!?」
パラレルワードルなんて考えてもみなかった。
でも自分達が転生をしたのならば十分にあり得る話なのかもしれない。
「自身の世界で起きたことを題材にしたからこそこの世界とは何処かが少しずつ違う。事件が起きたり起きなかったりするのも積み重ねてきた時間や人との繋がりが違うから。けれども元々の大きな肩書きは変わらない。例えばあなたが聖女であることであったり、わたくしが公爵令嬢であったり」
確かにそれならば納得できる。
生まれながらにして持っているものはどの世界でも変わらないのだとしても、経過する時間の過ごし方、選んだ選択肢によって触れる人の悪意は変わりシナリオが変わる。
クリスティアが悪役令嬢にならなかったのは、それはこの世界での積み重ねてきた時間がゲームの悪役令嬢とは違うからだと言われると納得しかない。
だって彼女は転生者なのだから、同じであるはずがない。
ゲームの悪役令嬢とは全くの別人なのだから。
「だったら私が今まで頑張ってきたことって……意味がなかったのかな?」
「いいえ、そうではありません。あなたが死を恐れるという時間を過ごし、それを避けようとする行動をとったからこそ変わったこともあるのでしょう」
「そうなのかなぁ」
「あなたがゲームの知識を持って転生したことは大きな意味があるのかもしれません。もしかするとわたくし達の前世へと転生したこの世界の誰かが、この世界へと新たに転生するかもしれない誰か……つまりわたくし達へと送ったメッセージだったのかもしれませんわ。残虐非道な悪役令嬢より一つ上手に行動しろ、悪役令嬢を救って改心させろ……もしかするとわたくしは元々悪役令嬢ではなかったけれどなにかの勘違いで悪役令嬢に仕立ててしまったので代わりに謝って欲しいとかかもしれませんよ」
「えぇ!そんなの私に言われても!」
「ふふっ。なにがきっかけで何処が変わったのか、なにが真実でなにが偽りなのか。わたくし達は何故前世の知識を持って転生したのか……それは結局のところ神のみぞ知るということなのでしょう」
そうなのだろう。
色々と考えたところで答えは出ない。
ただ悪役令嬢ではない今のクリスティアがこの世界の真実であり、両親を死なせないために聖女という役割から逃げ続けている今のアリアドネがこの世界の現実なのだ。




