小説家バタフライ・モルフォ⑦
「ハリー、どういった理由があるにせよ噂というものは尾ひれが付いて広まるというもの。シャロンの耳に間違った形で入ることもございましょう。あなたがまずなさることは不特定多数の異性との密会への釈明と謝罪ではなくって?」
「うん……そうだね。俺が悪かったよ、ごめん」
「わたくしに謝罪なさっても仕方ありませんわ」
「はい……」
己の行いをフランとアリアドネに、正論をクリスティアに突きつけられてハリーはガックリと項垂れる。
でも言い辛いではないか。
父親の仕事を手伝うから数多くのご令嬢達と密会するけどこれは浮気ではなくあくまで仕事の一環、だから寛大な心で許して欲しいだなんて……。
自分がシャロンに、これから商会の仕事で男の人と二人っきりで会う機会が多くなるけど気にしないで浮気じゃなくて仕事だから……なんて言われたら絶対に許さない自信があるのでハリーは言えなかったのだ。
それにハリーとシャロンは付き合っているわけではない。
完璧なるハリーの片思いだ。
それなのに言い訳がましく理由を言うのも気が引けて……気にしてないと鼻で笑われたらショックを受けて仕事ではなくなるので伝えることを後回しにしたのだ。
「はぁ……折角、新しいバングル作ったのになぁ」
やはり伝えなかったことは悪手だった。
意気地の無い過去の自分を叱責したいと先程渡せなかったバングルをポケットから取り出してハリーは切なげに見つめる。
「わぁ、それハリー様が作ったの?凄い綺麗!」
「そうだよアリアドネ嬢。シャロンの為に手作りしてて、俺の趣味みたいなもん。君が可愛くおねだりしてもシャロン以外には作らないって決めてるからあげられないんだ。ごめんね?」
「えぇーーそんなぁ、全然いりませぇん。どんな理由があるにせよ女性を蔑ろにするような人からの呪われそうな手作りのアイテムなんてこっちから願い下げですぅ」
「……クリスティーの友人達は皆、俺に冷たい」
「あなたの過去の行いが今、彼女からの反感として返ってきているのですよハリー。それに媚びへつらう子より可愛らしいでしょう?」
「確かにね……」
一匹の青い蝶が舞う美しいバングルを見てキラキラと瞳を輝かせていたアリアドネは、ただ純粋にデザインを褒めただけで他意は無かった。
なので笑顔を浮かべながら可愛くおねだりするように両手を顎に当てながら唾を吐き捨てるようにいらないと拒絶の言葉を吐き出せば、その可愛いらしい顔と反する毒舌にハリーは項垂れる。
不特定多数の異性との交流を見たことに対する軽蔑度合いが深すぎる。
積み重なった誤解が解けそうにないことに、はぁ……と深い溜息を吐いたハリーはシャロンに拒絶されて負ったダメージが思っている以上に大きいようだと、いつもは笑って流せるアリアドネの悪態にすら傷つく。
「実はシャロンが休学する前にホーム家に三度目の求婚状を送ったんだけど……まだ返事を貰ってないんだ。ねぇ、もしかしてシャロンは求婚状をまだ見てないのかな?」
「シャロンが休学して幾日経ったと思っているのですか?お返事が無いということはそれがお返事だということです、相手の心を推し量るべきですわハリー。想いを寄せる相手の幸せを願うこともまた幸せなことなのですから」
「止めてクリスティー!俺がフラれる前提で話さないで!イエスの返事を出すのが恥ずかしくて躊躇ってるに全霊をかけてるんだから!逆だったら俺、俺、生きていけない!!」
わぁっと両手で顔を覆って泣き真似をする哀れなハリーがシャロンへの片思いを何年こじらせていると思っているのか。
幼い頃から抱えてきたこの想いは成長と共にすくすくと育ち続けて、三回も求婚状を送りつけるという暴挙に出ているのだ。
一度目はシャロンが婚約できる年齢、15歳になったと同時にホーム家へと朝一番に送った求婚状は、ハリーが14歳で結婚年齢に満たないという理由で当たり前だが成立とはならず。
ハリーが晴れて15歳となり改めて二度目に送った求婚状は、ラビュリントス学園で数多くの出会いがこれからまだまだあるというのに、15歳になったからといってすぐに結婚相手を決めるなんて愚かだわっという、良い物を慎重に見極める実に商人らしい考えを持ったシャロンによって拒否されたことによって成立とはならず。
そして三度目、更に1年間我慢して色々な人との出会いも十分に果たしただろうと……シャロンが商会の仕事を理由に休学すると聞いたので何処かの国で見ず知らずのイケメンでも拾ってこないようにと、シャロンが休学する前に急いで求婚状を送ったというのに……三度目の正直だと思っていたそれへの返事は今だない。
クリスティアの慰めになっていない慰めを受けて耳を塞いだハリーは、もし本当に返事がないことが返事ならばこれからの人生どう生きればいいのか分からないと本気で悩む。
「俺の気持ちが本気だって分かってもらうために最初の求婚状を送ってから毎月ずっと求婚予約状を送ってたから……それと勘違いしてるんだ、絶対!」
「あなたったらそんなものを送っていたの?呆れてしまうわ」
「……そんな予約が出来るんですかフラン様?」
「いいえ、そんな予約状は法的には存在いたしませんアリアドネ様」
「……こっっわっ!」
平民なので貴族の婚約事情に乏しいアリアドネが求婚が予約できるようなそんなシステムでもあるのかと思えば……。
頭を左右に振ってハッキリとそんなものは無いと否定するフランに、法的拘束力の無い書状を勝手に作成してホーム家へと送り続けていたらしいハリーの執念に、シャロンが嫌がるのも無理はないとアリアドネがドン引く中。
返事の来ない求婚状のこと、そしてシャロンの治らない機嫌を思い、ハリーは憂鬱な気持ちと眠れない夜を週末まで過ごすことになるのだった。




