小説家バタフライ・モルフォ⑤
「ここ数年、新しい作品の発表がなかったので亡くなったのではないかとのお噂が流れていたのですが……本当に、本当にバタフライ・モルフォのお屋敷なのシャロン?」
「10年以上は人は住んでいない屋敷だし、持ち主が分からないから正確なことは全く分からないんだけど……でもあたしはそうじゃないかと睨んでるの。なんでそう思っているのかというとね、うちの社員達が作った家財道具のリストを見てたらモルフォの小説に出てくる地球儀に似た物があったのよ」
幼い頃からクリスティアに釣られてモルフォの作品を数多く読んできたシャロンだからこそ気付けたこと。
ちょっと待ってねっとタブレットを触り屋敷の設計図のようなものを画面に出し、その一角に表示されたコレクションルームという文字をシャロンがタップすれば、その部屋にあるのだろう調度品のリストが一覧となって表示される。
名のある彫刻家の作品に、アンティークの装飾品、そして多くの古い魔法道具のリスト。
その中の一つに縦横にヒビの入った地球儀の文字を見付けてタップするとクリスティアへと見せる。
「これこれヒビの入った地球儀。これが画像なんだけど……どうかな?」
タブレットを差し出され受け取ったクリスティアの眼前に、ガラスのケースの中で少し左手側に寄ったヒビなのかパズルなのかは分からないが今にも割れて壊れそうな溝のある一つの地球儀の画像が表示される。
薄茶色の地球儀を支える金属製の子午環と木製の支柱と台座。
その地球儀を見て、クリスティアの心臓はドキドキと高鳴る。
確かにそれはモルフォの作品に出てくるパズルのようだと形容された地球儀によく似ているのだ。
「……確かに。モルフォの作品に数多く出てきている地球儀の描写とよく似ていると思うわ。一人の召使いという作品ではパズルで出来た地球儀(世界)は壊れやすく繊細だと言って地面に落とし、壊す描写があったの。これ以外の画像はあってシャロン?献身的な殺意では西の大陸に十字の傷があると書かれていましたし、台座には制作者であるベルハイムの名が刻まれているはずなのだけれど……これでは分からないわ」
「それが画像はこれだけなの。見ての通り壊れてる地球儀だから不用意に触れられなかったみたいで。その場には美術鑑定の専門家も居たんだけどパッと見ただけでもそんなに価値のあるものじゃないって分かったみたいだからあんまり撮影もしなかったらしくて……それにこの地球儀、地図がめちゃくめちゃで……西の大陸がどれかも分からないの」
「でしたらこれがモルフォの物かどうかはわたくしも実物を見ないことにはなんとも……」
残念そうなクリスティアの緋色の瞳の中に抑えきれない好奇心の入り交じった色が浮かぶ。
どうにかしてもっとヒントを得られないかとそのタブレットを食い入るように見つめるクリスティアに、シャロンはにんまりと口角を上げる。
「実はこの週末、屋敷を調査することになったんだけど……一緒に行く?」
その一言にクリスティアの顔がパッと上がりシャロンへと向かう。
「よろしいのシャロン?あなたのお仕事の邪魔になるのではなくって?」
「勿論いいに決まってる!父さんにはこの屋敷の品物の査定を私に一任してもらったの!バタフライ・モルフォの屋敷だって分かれば価値もぐんっと跳ね上がるし!作品を見てモルフォのことをよく知っているクリスティーに鑑定してもらえたらあたしも助かる!」
「でしたら、えぇ、えぇ喜んで伺うわ!嬉しいシャロン!ありがとう!」
両手を合わせて心から喜ぶクリスティアにシャロンも嬉しくなる。
シャロンは休日にクリスティアに会える理由を得られるし、クリスティアはモルフォの軌跡を辿れるかもしれないので、まさにwin-winの素晴らしい取引。
この唯一無二の幼なじみを喜ばせることがシャロンにとって人生を生きる指針であり幸せなので、今日この日、自身の家が商家であることの感謝を心から両親へと捧げながら、クリスティアが大いに喜ぶ愛らしい姿にシャロンがまた胸を撃ち抜かれ穴だらけにしていれば……サロンの扉がバンッと慌ただしく開く。
「シャロン!」
荒げた声と共に入ってきたのは息を弾ませているハリー・ウエスト。
走ってきたのだろうシャロンの姿を見ると側へとツカツカ早足で歩み寄る。
「帰って来てるなんて聞いてなくて!どうして俺に知らせてくれなかったの!?」
「別にあなたに言う必要なんてないでしょうハリー。ていうか女性同士の集まりに礼儀無く現れるなんて不愉快だわ。ノックくらいしなさいよね」
側で片膝を付いて手を握ろうとしたハリーの手を振り払いプイッとそっぽを向くシャロン。
その冷たい態度にアリアドネはおやっと小首を傾げる。




