小説家バタフライ・モルフォ②
「授業中は隣同士の席に座って」
「ずっと一緒にいるメイドである私が先に隣に座ってるけどね」
「移動教室も一緒に行って」
「ずっと一緒にいるメイドである私も一緒に行くし、なんだったらずっと一緒にいる私はクリスティーの住む邸と同じ敷地内に住んでるから登校も一緒だけどね」
「教科書を忘れたときは見せあいっこしたりなんかして!」
「安心して、ずっと一緒にいるメイドとして全教科の教科書を2冊ずつストックしているから。見せあいっこしなくても私が貸して上げる」
クリスティアの慈悲深さを表すためにアリアドネがルーシーに無理矢理持たされた各教科2冊ずつの真新しい教科書。
教科書を忘れた者達にクリスティアからの贈り物だと言って貸し出す(もしくは譲る)ために持たされたそれらはすっからかんだったアリアドネ個人に与えられた学園のロッカーを今、圧迫している。
あの、日の目を見ない真新しい教科書が減り(一年後には孤児院などに寄付をしている)スペースが出来るならばいくらでも渡してあげると、ずっと一緒にいるという言葉を強調して一々茶々を入れるアリアドネに、シャロンの額に青筋が浮かぶとバンッと机を叩きティーカップを揺らす。
「なんなのよあなた!さっきからあたしの邪魔ばっかりして!」
「はっ!なにか問題でも?私は、クリスティーの、メ・イ・ドなの!側で仕えるのか仕事なの!ずっと一緒なの!」
「クリスティーの一番の親友であるあたしに敬意を払えないようなこんな低俗なメイドがランポール家にいるなんて!あなたの行動が他の使用人達の品位を落としてるのよ!こんな傲慢なメイドがクリスティーと一緒に居るなんて信じらんない!メイドならメイドらしく主人の友人に敬意を払い口答えなんてしないで黙ってなさいよ!ていうか主人に敬称をつけなさい!」
「うっさい!つい忘れちゃうの!てか今は業務外ですぅ!大体メイドが意見することを許さないなんてあなたこそ傲慢だと思いますけど!あなたの側で働く使用人達に同情しますぅ!」
「なんですって!」
「なによ!」
揺れが止まったティーカップはシャロンを迎え撃つために立ち上がったアリアドネによって再度カチャカチャと揺れる。
アリアドネはあんなにクリスティアのメイドという仕事を嫌がっていたというのにそれは棚上げだ。
バチバチと睨み合う二人の間で火花が飛び散る。
シャロンはホワイトもホワイト、商人として人との繋がりを大切にするホーム家の使用人達の扱いにブラックが混じっていると疑われて頭に血が上っているし、アリアドネに至っては最推しであるユーリを頼りないと馬鹿にされてご立腹なのだ。
「こんな品位のない貧相なメイドを雇うくらいならあたしがクリスティーのメイドになりたかった!今からでもあたしを雇ってよクリスティー!」
「まぁ、シャロンはわたくしの友人でしょう?大切な幼なじみをメイドにはさせられませんわ」
「クリスティー!」
そうだよね、そこのメイドとは存在の価値が違うよねっと困ったような表情を浮かべたクリスティアの、殊更大きな声で聞こえた気のする(あくまで気のする)「大切」な幼なじみ発言に歓喜してシャロンはアリアドネを見下すようにして鼻で笑う。
アリアドネは別にそれが悔しいというわけではないのだが、そのシャロンのドヤ顔に腹が立ち。
クリスティアをまるで庇護欲の誘う子犬のような潤んだ瞳で見つめる。
「クリスティー、私はほらあなたにとって特別な存在でしょう?そうだよね?ね?」
「それは勿論。特別だからこそあなたをわたくしのメイドにしたのですから」
前世という思い出を共有できる唯一無二の存在に強く頷いた気のする(あくまで気のする)クリスティアに、そら見たことかと今度はアリアドネがシャロンを見下すように顎を上げると勝ったと言わんばかりに口角を上げる。
その様にシャロンの額に浮かんだ青筋が切れる音がする。
「ふっ、ちょっと話があるから外に出ようかこのくそメイド」
「望むところよ、このブラック野郎」
今にも戦いのゴングが鳴り響きそうなバチバチの火花散らす睨み合いをする二人。
片や全国各地の偏屈な職人達を数々相手にしてきた商人。
片やルーシーの地獄の特訓を受け鍛え抜かれたメイド。
対戦カードはほぼ互角なので血みどろの戦いは必至、そしてこの戦いを終えた後にはきっと清々しい友情など一欠片も芽生えないのだろう。
どちらかが屈辱を味わうまで終わらないとレフリーのファイトの声で掴みかかりそうな不穏な気配に、二人の間に座って降り注ぐ唾を浴びせられていたフランがスッと静かに立ち上がる。




