小説家バタフライ・モルフォ①
図書室を追い出されて移動した学園内のサロン。
ふて腐れ気味のアリアドネと、クリスティアに迷惑をかけてしまって申し訳なさそうに俯くシャロン、そんな二人に挟まれて困ったようなフラン。
クリスティアは何事も無かったかのようにルーシーが新しく入れてくれた紅茶を飲んでいる。
「それでシャロン。今回は随分と長い旅をしてきたみたいだけれどなにか面白い話はあって?」
ギスギスとした場の雰囲気を変えるように口を開いたクリスティアに、俯いていた顔をパッと上げたシャロンは忠犬のように喜ぶ。
「うーーん、特にクリスティーが好むような話はないかも……殆ど買い付けばっかりだったし」
「そういえばジョージお兄様がホーム商会を東の国で見たとおっしゃっておりましたわ。情勢が悪くなってこちらに戻るときにはまだ残って居たとおっしゃっておりましたが……大丈夫だったのですか?」
「うん、あたしは行ってなかったからね……うちは後宮に商品を卸してるから大変だったみたいよ。妃が事故で亡くなってからは特に検閲も厳しくなってるみたいだし、他の妃が妊娠してることもあって皆ピリピリしてるって……後宮なんて変なもの作って妃を多く囲うから争いも起こるのよ。クリスティーは東の国になんて絶対行ったらダメだからね!美人なんだから皇帝に気に入られて攫われて閉じ込められちゃうかも!」
「まぁ、シャロンったら。公式にラビュリントス王国の王太子殿下の婚約者であるわたくしを攫うなんて愚かなこと余程の勇気がない限り誰もなさいませんわ。わたくし自ら赴かない限りは……安全でしょう?」
シャロンの家であるホーム商会は輸入輸出業を手広く行っており、国内外に数多くの支店を経営している。
シャロンは学生ながらにその仕事を手伝っていて休日などは商会で雇っている商人などに付いて色々な国へと買い付けへと行っており、お陰で国外の情勢にも明い。
悪の組織のようにクリスティアを後宮という鳥籠へと閉じ込める東の国の皇帝陛下の姿を想像し、身を震わせるシャロン。
クリスティアの魅力を前にすれば争いを起こしてでも手に入れたいと思うかもしれないと友人としての欲目から訴えるシャロンに、含み笑うとその杞憂をクリスティアは払う。
「まぁ、確かに。警備も万全だしね!こういうときはユーリのネームバリューに感謝だね。クリスティーの婚約者としては頼りないけど」
「そのようなことをおっしゃらないでシャロン。わたくし殿下との婚約にはとても満足しているのだから」
「だってクリスティーの婚約者としては頼りないんだもん」
何度だって言おう、頼りないのだ。
唇を尖らせてユーリがクリスティアの婚約者であることを全然納得してないシャロン。
クリスティアにはもっと最高で最良の相手がいると信じているのだ。
世界中を飛び回ってシャロンがその相手を探してもいいくらいだ。
とはいえきっとどんなに性格が良くイケメンでお金待ちの非の打ち所のない男が目の前に現れたとしても、シャロンは納得しないのだろう……。
金糸よりも細くこの世の光りを全て集め放っているかのような金色の髪を持ち、商会で扱っているどの宝石よりもキラキラと輝く緋色の瞳を携えているクリスティアはこの世のテッペンを飾る最上級品だ。
自分を含めた他の者達など路傍の石。
神ですらその上に立てないであろう。
シャロンはクリスティアを見る度にこれ以上の美しさを持つものを見たことがないと商人としての血を滾らせる。
やはりクリスティアはこの世の至高、いつかこの美しさと同等の価値ある商品を自分で見付けだしたいと……買い付けで見てきた不浄で粗悪なモノ達によって穢された目を浄化するようにその美しさを見つめてにんまりと笑む。
「えへへっ」
「どうかなさって?」
「クリスティーを見てると心に溜まっていた穢れが浄化されるなぁって。買い付けに行くとクリスティーに会えなくなるから寂しかった」
「そうね、わたくしもシャロンに会えなくて寂しかったわ」
「ほんと?嬉しい!でもこれで同級生になったんだから授業中でも会えるわ!」
今回シャロンが休学してまで商品の買い付けに出たのは自身がクリスティアの一学年上であることに耐えられなくなったことが大きな要因であった。
授業を受けていていても隣にクリスティアが居ない。
予習復習をしていても、クリスティアと学習した内容を共有できない。(とはいえクリスティアは学年以上の学習内容を把握しているので共有しようと思えば出来るのだが)
そんな生活に耐えきれなくなったシャロンはクリスティアと同学年になるために商会の仕事を言い訳にして休学し、進級するために必要な出席日数を足りなくして留年するという暴挙にでたのだ。
目論見通り今学期からクリスティアとシャロンは同学年。
今学期からは商会の仕事なんて二の次……一日も欠かさず学校に来ようと、クリスティアと同級生という魅惑の響きに胸をときめかせる。




