対人警察の登場②
正方形のゲストルームには二対のソファーとその間に机(机には凶器であろう血塗れの短剣がハンカチに包まれて置いてある)、入り口側の右奥の壁には他に一人がけの背もたれのある椅子が二脚の置かれ左手にはドレッサーが置いてある。
奥のバルコニーへと続くアーチ型の窓とその左横に金細工の施されたサイドボードがありその上には明かりの魔法を灯せる金の燭台とシガレットケースが置かれてある。
「這って逃げたのか?いや、引き摺ったのか?」
鑑識官が三人、室内で作業を行っているのを横目にソファーに近寄り片膝を付いて先へと続く血の線を見つめながらニールが呟く。
記録用の魔法道具である白い小鳥が羽音も立てずに室内の録画をするために飛び回っている。
その姿をラックが悪くなる気分を逸らす為に遠い目をして見上げている。
巡査部長となって初めての事件現場がこんな凄惨な現場になるとは……。
心を落ち着かせようと鼻で空気を思いっきり吸い込めば肺に入る鉄臭い匂いに更に気分が悪くなり、上がりそうな胃液をラックはなんとか飲み込む。
入り口から動けず真っ青な顔をしてなんとか胸ポケットから取り出したハンカチで鼻と口を押さえるラックに気付かず、ニールは立ち上がり視線を血を辿るようにしてソファーの先へと向ける。
この血溜まりの光景を見ればラックの靴の汚れなんて可愛いものだ。
部屋には現場保存の魔法が掛かっているので靴が汚れていても部屋が汚れることはないが、とはいってもこれ以上はきっと汚しようがないだろう。
「引き摺ったんだね」
よたよたしながらもなんとかニールの後を追いかけてきたラックの真っ青な顔に気付き大丈夫かと声を掛けるより先に、部屋の中からニールの言葉に返事をするように聞き覚えのある鼻に掛かった少しばかり甲高い声が聞こえてくる。
二人が同時にそちらを見れば白い頭がひょこひょこと窓とソファーの間で動いているのが見える。
汚れないといっても気分のいいものではないので続く血液を踏まないよう気を付けながらそちらに近寄れば初老の老人が腰を曲げてしゃがみ込み、仰向けにされた少女の遺体をまじまじと眺めている。
結婚式でも挙げるつもりだったのかねっとブツブツ呟きながらその視線に映っているのは光沢のある白色のサテン生地と混じり合い赤く輝くドレス。
ドレスには幾つもの穴が空いている。
本来は薄桃色に染まっていただろう頬は生気無く青紫に染まり、可憐であったであろう今や物言わぬ少女は仰向けに寝転がされて自分の死を悟ったような暗い瞳で天井を見つめている。
その瞼を閉ざすように、丸くて太く短い指が少女の顔を覆う。