一日の終わり②
「あなたがわたくし以外の者も信頼出来れば良いのだけれど……あなたが思っているより皆優しく、あなたのためを思う行動をしてくれるはずよ」
「……う、うん?」
アリアドネが自分のこの気持ちに気付くより前に、クリスティアは自身に向けられているその信頼に気付いていたらしく。
その信頼を自分以外にも少しずつでも増やしていければいいと微笑まれてアリアドネは難しい顔を返す。
果たしてクリスティアのためその身を捧げろと強要するルーシーが。
毒だと言って飲み物を飲ませ警告してきたエルが。
同情心はあれど国を担う立場のユーリが。
アリアドネのための行動をしてくれるのだろうか?
浮かんだ答えは否でしかない。
「今のところはクリスティーが知っててくれたらそれでいいかな」
なんだかんだ言っても転生という繋がりがあるこの悪役令嬢が一番信頼できているのだ。
ゲームでは残虐非道の悪役令嬢なのだからと、どれだけ優しくされても多少なりとも警戒していたはずなのに……。
信頼しているのだと悟ればすっかりその警戒心が無くなってしまっていることにアリアドネは可笑しくなる。
必死になって見付けたはずのあの逃走経路を使うことはきっともうないのだろう。
「そういえば、殿下になんでクリスティーと婚約したのか聞いたらあなたを守れない後悔はしたくないんだって。なんか私が入る隙間は1ミリも無いみたいだし、やっぱり現実に昇華したところで推しは推しだね!イケメンは目の保養だけに留めるべきだわ!」
ユーリとのシナリオ外での恋や愛はもうすっかり諦めた、というか初めからアリアドネにそんな気持ちはなかったのだ。
あったのはシナリオを進まないことで見ることが叶わなくなったユーリのスチル達への渇望、それをどうしても見たいという欲望があの不当な契約の締結にアリアドネを走らせたのだ。
今となっては悪くない契約だったけれども、きっとクリスティアが手を尽くしてくれたとしてもアリアドネに心引かれる気持ちが微塵もないユーリの現状ではそのスチル達を見ることは叶わなかっただろう。
それにアリアドネがどれだけ可愛く特別でこのゲームの絶対的な存在であったとしても、シナリオから逃れることに必死でヒロインとしての役割も努力もしてこなかったアリアドネが攻略対象者を落とそうだなんて……おこがましいにも程がある。
「ねぇ、クリスティーはどうして殿下と婚約したの?」
悪役令嬢もヒロインもいないただの現実世界。
だったらこの世界を前世の分まで楽しまなければと、十分楽しんでいるクリスティアへと好奇心に満ちたキラキラとした瞳をアリアドネは向ける。
自分が体験してこなかった恋や愛を期待するその眼差しにクリスティアは一瞬、考えたのちに遠い昔……ユーリの婚約者と決まる前に一輪の薔薇を差し出してくれた庭師のことを思い出す。
「そうね……庭師と恋に落ちなかったからかしら」
そう考えるとあの庭師への気持ちはもしかすると淡い初恋のような気持ちだったのかもしれない。
フッと何故あの庭師が心に深く、深く刻まれたのかクリスティアは考える。
(そうだあの人はわたくしの……美咲のあの憐れな従兄弟に似ていたのだわ)
事故に遭いただベッドに横たわるだけの美咲に一人一人とお見舞いに来る人が減っていく中、飽きることなくベッドサイドに飾る花を持って来てはなんてことない日常を微笑んで語っていたあの従兄弟の雰囲気が庭師と少し似ていたのかもしれない。
『みーちゃん……どうかお願い、美咲……』
懇願する時にはあだ名ではなく名を呼んだあの従兄弟は先生と同じで美咲のことをミサとは呼ばなかった。
あの子に似ていたからこそクリスティアは庭師の復讐を遂げたのかもしれない。
あの子はまさしく美咲の気がかりでもあったから。
(そういえば、最後に見たあの子が抱えていた花は……ケイセイバナだったわ)
先生に似ているでしょう?と言ったあの子の両手に抱えられた季節外れの淡いピンク色の花束……無邪気に笑ったあの子のことを先生は許したのかしら。
できることならば許されて欲しい。
彼自身が自分を許せなかったとしても美咲は、クリスティアはこんな素晴らしい世界に転生することが出来たのだから……先生も……許してくれていたらいいと祈りながら、小首を傾げる嫉妬してしまいそうなほどに可愛らしい容姿のアリアドネをクリスティアは見つめる。




