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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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一日の終わり①

「今日の勤めはもうよろしくってよアリアドネさん」


 ルーシーに扱かれ。

 エルに脅され。

 ユーリに同情された一日が終わり。

 クリスティアの私室で背筋を伸ばし、仕事を言いつけられるまで待機していたアリアドネは告げられた仕事の終わりの合図に伸ばしていた背筋をだらけさせる。


「つ、疲れた……」

「ふふっ、慣れないことばかりでお疲れでしょう。どうぞ最後にお茶を共にいただきましょう、お座りになって」


 なんだかメイド稼業を始めて覚えることが沢山あった頃より忙しい一日だった。

 クリスティアに示され向かい側のソファーにおずおずと座り、ルーシーの入れてくれた温かい紅茶を恐々と飲みながらアリアドネは一息吐く。

 花束を貰って機嫌がいいのか、ルーシーが入れてくれた今日の紅茶はしょっぱくないので塩と砂糖を(わざと)間違えてはないようだ。


「三ヶ月間の試用期間が終わったのでやる事が増え、少しばかり大変になったでしょう?」

「すこ……し?」

「他の者達の目もあるので厳しくしているけれど、暫くしたらもう少し楽になるように取り計らうつもりだから我慢なさって。ルーシー、よろしくね?」

「………………畏まりました」


 あの地獄のトレーニングが少しの大変?


 少しの定義とは一体?と考えるアリアドネに優しい言葉を掛けるクリスティアだがルーシーは絶対納得していないし、楽をさせるつもりはないのだろう。

 まさかそんなことを本気にしているわけではないよなっというアリアドネを射抜きそうなほどの鋭い眼差しを向けてきているので、彼女がクリスティアのメイドでいる限り朝、4時起きは確実だ。


「そうだクリスティー、殿下に私が聖女であること言わないでくれてありがとう。立場的に本当は言わないといけないでしょ?それなのに黙っててくれて……前世のことだって……クリスティーは自分の話はしてるようだから一緒になって話してるのかと思って焦っちゃった」


 クリスティアに自分が聖女であることを話したとき、必然的にこの国の王太子殿下であるユーリにも知られることだろうとアリアドネは覚悟をしていた。

 聖女という尊ぶべき存在であり、希有な能力を持つアリアドネのことを報告することは彼の婚約者という立場としては仕方のないこと。

 悪役令嬢ではない彼女ならば隠すこともしないだろうと思っていた。


 アリアドネが両親を死なせまいと、命を狙われまいと、必死に隠してきた聖女という事実だけれども、知られるのが攻略対象者であるユーリならばある程度、この身の安全は保証されるはずだと、そうなったら両親の保護を真っ先にお願いしようとアリアドネは考えていたのだ。

 あとそれとは別に推しに守ってもらえるかもしれないというご褒美を多少なりとも期待した。


 だが予想に反してクリスティアはアリアドネのことを黙っていてくれたのだ。


「わたくしのことはなにが起きてもわたくし自身が責任を負うことなのでなにを言ったところで良いのですが、あなたのことについてはわたくしがその責任を勝手に負うわけにはまいりませんでしょう?それに理由があって今まで必死に隠していたこと……そのことを無闇に口外するつもりはありませんわ。あなたが伝えても良いと思ったときにあなたの信頼出来る者にお伝えするべきです……あの図書室でわたくしに勇んで伝えてきたときのように」


 そう言うクリスティアの紅茶を飲む姿を見て、ずっと……ずっと一人でこの真実を抱えているときの孤独だった頃のことをアリアドネは思い出す。


 両親にも本当のことが言えず、この力が知られないように、ゲームのシナリオに沿わないようにと怯えあまり深く人と関わろうとはしなかった日々。

 前世ではゲームのおかげで小林文代の人生は色々な交流が広く広がっていたというのに……今世ではそのゲームのシナリオのせいでアリアドネの交流は狭まっていた。

 だからクリスティアが転生者だと分かったとき、ゲームの悪役令嬢とは違うのだと確信をもったとき、アリアドネは躊躇わずに自身が転生者であるという真実を伝えることを決めたのだ。


 この世界で異質だった自分と彼女はきっと同じなのだと、全てを話して同じく抱えているであろう寂しさを分かち合おうと……この孤独が漸く救われるような、そんな気になっていたのだ。


 とはいえ当のクリスティアは会ってみると確かに転生はしていたもののゲームのことはなにも知らないし孤独でもなく……ただ純粋に人生を謳歌している転生者だったけれども。

 それでもアリアドネは漸く真実を話すことが出来るのだと分かったときに安堵して、泣きそうになった気持ちを思い出して……。

 心の隅で悪役令嬢だからと疑っていたはずのクリスティアという存在のことをアリアドネはもうすっかり信頼しているのだと、今更ながらに気付く。

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