事の顛末②
(犯人を追い詰めるためだといっても腕を投げ渡すなんて……悪趣味に変わりない)
「ユーリ、此度の件でよく分かっただろう。我々のような地位ある者は常に狙われる立場であるということが」
そう告げたのは書類に埋もれた執務机の椅子に座るラビュリントス王国の国王陛下であるミフォード・クイン。
逆光に銀色の髪を少し暗く染めユーリと似ているが、だが色の濃い濃紺の瞳を細めて、いつからこの事件のことを知っていたのは知らないが全ての情報を得ていたのだろうミフォードはニヤリと笑う。
犯人の男は言っていたそうだ。
自分も雇われただけだと、自分一人を捕まえたところでなにも変わりはしないと……罪を背負わされ一人だけ捕まった悔しさからの告白だったろうがそんなことは分かりきったことだとミフォードの笑みには嘲笑が含まれていた。
むしろあの殺人犯人は確実な証拠を残してくれたので感謝をしていると……男を雇った相手のことは結局のところ分からなかったが庭師の推薦状は教会からのものだった、身元がしっかりしているからこそ簡単に王宮に入り込めたのだ。
そちらを洗えば自然と黒幕が暴かれるはずだと幼い子供達を餌にして得られた情報にミフォードは満足している様子。
「まぁ、幼いお前には酷な現実であろうが知っていて悪いことはない。これから立太子となれば今以上にお前に近付こうとする者は増えるだろうしな。純粋な恋や愛を望み相手を決めないでおくのも結構だがそれだけでは済まない結末もあるのだ、あの庭師のように……」
「はい、父上」
よく分かった。
あの劇は所詮劇、絵空事だ。
自分の益となるような情報を得ようとユーリの周りにはいつでもその手を伸ばす魔の手が多くあるのだ。
そしてその魔の手は幼なじみというだけで、クリスティアの元へといつでも簡単に伸びていく。
あの水の庭園で伸ばされた犯人の手のように……。
「僕の……いえ、私の婚約者はクリスティア・ランポールとしてください」
真っ直ぐ父の目を見つめてユーリは告げる。
いつかこの幼い日の婚約がなんて罪深いのだろうかとユーリもクリスティアも後悔することになるかもしれない。
それでもあの時あの瞬間、犯人の手がクリスティアへと伸ばされたときに彼女を守れないのだと感じた後悔ほどではないとユーリは確信している。
幼なじみであることはもう変えられない。
クリスティアが積極的に事件に関わろうとすることも、変えられないだろう。
ならば自分が一番近くで彼女を守れるようにならなければ。
守れる立場でいなければ。
彼女を守れないことがなによりもユーリにとっては恐ろしいことだったのだから。
「元よりそのつもりだ。あの子は今回の事件は必ず自分が解決するから暫く黙っていて欲しいと懇願してきたのだからな。良い意味でお前を守る盾となるだろう……まぁ、お前に付いて回る事件を期待しているようだったが……解決するのならばそれでも良いだろう。構わないかアーサー?」
「勿論です、ユーリ様。どうか、どうか我が娘を宜しくお願いいたします」
養子縁組の許可を得るため扉の近くに控えていたアーサー・ランポールが頭を垂れる。
娘が切り離された腕をパーティーで披露したと聞いて卒倒するところだった父親は、クリスティアが婚約者として忙しくなればきっと事件への執着心が薄れていくはずだと期待して心の中で歓喜している。
だが実際はその地位を乱用して、積極的に事件に介入するのだが……。
その事実をまだ誰も知らない。
ランポール邸でもこの数日の間でクリスティアを中心として一波乱あったらしく、新しく向かい入れることとなった養子の件でアーサーは少しやつれている。
庭師の殺人を発端とした事件の全てが幼い少女によって既に解決していることを、ユーリもだが大人達が知るのはもう少し先の話だ。
「ユーリ、婚約者と決めたのならば彼女に礼を尽くすのだぞ」
「勿論です」
ミフォードがアーサーに養子縁組の許可を出したのを見届けてユーリは部屋を辞する。
婚約者という肩書きを得たのだからこれからは常にクリスティアの側に居て彼女を守るのだ。
水の庭園からずっとこの胸に抱えている靄を晴らすために、婚約の件を伝えようと養子の件でアーサーと共に登城しているだろうクリスティアを探して外廊下を歩いていれば、魔法道具を両手に抱えたエヴァンが微かな笑みを浮かべて立っている。
その視線の先を追えば近くの木陰にあるベンチの上でクリスティアが灰色の髪の少年に膝枕をしてその頭を撫でている。
婚約者と決まった直後としては中々に複雑な光景だが、あの少年の事情が事情なだけにその複雑な心境は溜息と共に吐き出すだけにユーリは留める。
何故そんなことをしたのか知らないが一つの家門を破滅させたクリスティアは社交界ではすっかり赤い悪魔という異名が付いてしまった。
とはいえその異名に本人は満更でも無さそうなのだが。
 




