庭園の悪魔①
それから何度目かの小さいお茶会を経て開かれた大規模な水の庭園でのガーデンパーティー。
エヴァンの魔法道具のお陰ですっかり綺麗になったらしい人工池は庭師達が言っていたらしい変な匂いもしない。
パーティーに参加する者達からの終わりの見えなかった挨拶を漸く終わらせ、一つ軽く息を吐いたユーリは会場を眺める。
両親に背中を押されて話し掛けてくる幼い令息や、自らの足で歩み寄ってくる令嬢達を笑顔で交わしながらパーティー会場を回るふりをして自然と足が探すのは自分に忠告を残していったクリスティアの姿。
会った早々にユーリの胸に煌めいていたブローチを回収し、集まっている令嬢、子息達を見て、飴に群がる蟻達に食い尽くされないように気を付けてくださいと忠告だけすると颯爽とパーティー会場へと消えていった彼女の姿を、数々の挨拶を受けながらも見失わないようにチラチラと視線を送っていたユーリだったが……気が付けば見失っていた。
最近の謎めいた行動からその姿が見えないとなにかよからぬ事をしでかしそうで不安になる。
「エヴァン、クリスティーを見なかった?」
「いいえ、こちらには来ておりませんよ」
「探してるのに姿が見えなくて……」
「会場にいらっしゃらないならボートのほうを探されてみてはいかがですか?」
立食スペースにも休憩スペースにもその姿がなく、エヴァンが余興の準備をしているイベントスペースへと足を向けるがそこにも居ない。
その姿がないことに段々と不安になりながらもエヴァンに言われた通り池のある方へと進んで行けば、その一角で騎士達がなにやら困ったように集まりざわめいている。
なにかその固まりに嫌な予感を抱えながら何事かと歩み寄っていれば、騎士達の隙間から金色の髪がゆらゆらと揺れていることに気付き、歩いていた足が一気に駆け足になる。
「クリスティー!?」
近付き見ればやはりそこには探していた相手が池にその身を沈めている。
水に揺蕩っている白黒のドレスと金色の髪、頭に付けられた薔薇のヘッドドレスだけが水に濡れずに無事な様子で……両手でなにかを探るようにして熱心に水底を浚っている。
まだ水遊びをするには時期が早いというのになにをしているというのか!
「あら、ユーリ様。皆様とのご挨拶はお済みになられましたか?」
「挨拶は終わったけど!こんなところでなにしてるの!?」
「実は少し気になる物が見えたものですから。こちらの庭園は暫く前から立ち入りが制限されておりましたでしょう?ですので今日、漸く入ることが出来ましたので……あっ」
確かに、園丁がエヴァンに魔法道具の作製
を頼んで暫くしてからこの水の庭園は立ち入りが制限されていた。
王宮では見ない者達の出入りが多々あったので王妃がこの日のために大規模な改修でもしたのかと思っていたのだが、今日見た庭園は然程今までと変わった所はなかったので少しばかり不審に思ったのだ。
岸側はそれほど深くないとはいっても奥に行けば行くほどボート遊びが出来るようにとそれなりの深さがある。
なにかを探り当てたのか、手を止めてユーリを見上げたクリスティアはそのまま水に身を沈めたまま動こうとしない。
「いいからほら!手を貸して!」
騎士達の困惑具合から公爵家のご令嬢を無理矢理引き上げることも出来ずにいたのだろう。
まさかユーリに挨拶してからずっと水に浸かっていたのか、池から出る気配の無いクリスティアに風邪を引いたらどうするのかとユーリが手を差し出すが、何故かその手を掴む気配はない。
どうして手を掴まないのかと不審がっているとクリスティアは非常に困ったというように眉尻を下げる。
「ユーリ様。大変申し訳ないのですけれども、わたくし今とある事情で手が塞がっておりまして……そちらを先に受け取っていただいてもよろしいですか?いえ……やぱりどなたか騎士の方のほうがよろしいかもしれません……酷く驚いてしまうかもしれませんし……くしゅん!」
「構わないから!早く渡して!」
なにを持っているのか知らないけれどもまずはずぶ濡れの自分の状況と来賓者達の冷ややかな視線を気にしたほうがいいと、くしゃみを溢したクリスティアに苛立ちユーリが声を荒げれば、困っていた表情から一転……待ってましたと言わんばかりにニッコリと微笑んだクリスティアは水から腕を引き抜く。
「では……どうぞお受け取りなさって」
そういってクリスティアが聖遺物でも差し出すかのように持ち上げたそれがなにか最初は分からなかった。
いや、分かっていたけれども理解が出来なかった。
そう、それが切断された細く長い腐った人の腕であると悟った瞬間、うわっ!だとか、きゃぁぁぁ!だとか至る所から悲鳴が上がりユーリの耳を貫く。
「な、これは、一体……!?」
悍ましくあるはずの光景。
だがそれを持っているクリスティアという少女のあまりの平然とした態度に、そのモノの悍ましさが……夢現つかのように薄れていく。
自分が水の中に入っているかのように全身の血の気が引き冷たくなっていく体。
きっと他から見れば青くなっていたのだろうユーリの顔を心配してか、腕を岸に置いたクリスティアが池から出てくると、じっと腕を見つめるその視線を遮るようにして緋色の瞳を覗き込ませる。
「ユーリ様、大丈夫ですか?やはり驚かせてしまいましたわね」
驚いている自分がおかしいかのようにユーリの視線を自分へと向けさせたクリスティアの平然としているその様。
ドレスや髪から流れる水がポタリポタリと地面へと落ち……得体の知れないなにかがユーリへと迫るかのように広がり、靴先を濡らす。




