毒殺未遂事件⑤
「先も申しました通りあちらに居るわたくしの伯父様が、中央対人警察で署長をしていてあなたのことを話しているわ。教会で撮った証拠の写真も提出しているから……あとはあなたが彼らの罪を白日の下に晒したいのかそうではないのかで決めて良いと思うの。裁判は言いたくないことも言わされ、聞きたくないことも聞かされるから……あなたに負担があるものよ。わたくしは無理にあなたの罪を暴く必要はないと思っているわ」
「…………」
でももし虐待の罪を晒さなければ……ウエルデ家を追い詰めるのに必要の無い存在となったエルは捨てられてしまうのか。
クリスティアはエルのことを公爵家を守る存在としたいと言っていたが、それが本心かどうかなんて分からない。
否定も肯定も出来ず彼女にだけは捨てられたくないという想いを吐き出せず口を開いて閉じたエルの戸惑いに気付いていない様子で、クリスティアは頬に両手を当てて少し恥ずかしそうにしている。
「それでね……エル。わたくしったらあなたの意見も聞かずに気が急いてしまって勝手にああいった契約を結んでしまったのだけれど……全て本心なのよ?あなたにわたくしの弟になって欲しいと思っているの」
「おと、うと?」
「えぇ。でもねもし、もしあなたがキュワール家の名誉を取り戻したいと考えているのならばランポールの養子ではなくキュワールの名をそのままに、後見人としてお父様にあなたの力になって欲しいとお願いしようと思っているの。これだけの証拠があれば滞りなくあなたの全てを取り返すことが出来るはずだから。ランポールという名にならないのはとてもとても本当に残念だけれど……わたくしも我慢いたします」
本当に我慢しているかのように悔しそうに眉を下げるクリスティアに本気だったのだと、エルを必要としてくれているのだと、捨てるつもりはないのだと確信したエルはその喜びと同時に純粋に疑問が襲う。
「なんで……僕だったんですか?」
虐待の件に口を閉ざしていいのならばウエルデ家の件は他に追い詰める方法があったということ。
公爵家の跡取りだって……ランポール家ならば優秀な身内も沢山居ただろう。
きっとこんな忌み嫌われる混ざり者よりも都合の子は他にも居たはずだ。
「具体的な理由なんて必要なのかしらエル?あの教会で最初にあなたを見付けたとき、わたくしの胸に愛おしさが込み上げてきたの。そしてあなたは必ずわたくしのものになると確信した……だから、あなたを彼らから奪ってしまおうと思ったの。わたくしはね、強欲なの。それがきっとあなたの両親であったとしてもこうしてあなたを攫っていたわ……さぁ、あなたはどうしたい?」
「僕は……」
真っ直ぐエルから視線を逸らさずに心からそう告げたクリスティアの伸ばされた掌を見つめ、エルは教会で躊躇わずに差し出されたこの手に触れたときには既に自分の全ては彼女のものになっていたのだとそう理解し……そしていらないと思う。
今更キュワールの名を取り戻したところでなんになるのだと。
散々ウエルデ家に蹂躙され、これからも裁判で貶められるキュワールの名など……エルには必要ない。
だってエルはキュワールであって良いことなど一度も無かったのだから。
吹いた風に金の髪が靡いて緋色の瞳が少し細められる。
その瞳にエルの姿がただ一人映っていることにこの上ない喜びが湧き上がり……エルの胸から愛おしさが溢れだす。
もしかすると悪魔に魅入られるとはこういうことなのかもしれない。
それでもきっと助けてくれない神様より余程この存在のほうが愛おしいのだとエルは震える唇を開く。
「いらない、キュワールなんて必要ない!一緒にいたい!」
「まぁ!もちろんよ!」
縋るようにクリスティアを真摯に見つめ、その手を握る幼いエルの掌。
それにとてもとても嬉しそうに微笑んだクリスティアはその手を引くと包み込みようにしてエルを抱き締める。
「おかえりなさいエル!」
あなたを待っていたのだとそう告げた言葉に、クリスティアが別れ際にいつも置いていっていた迎えに行くというという言葉はエルに向けた希望だったのだと漸く気付く。
あの言葉があったからエルはどんな場所でも待っていられたのだ。
今日、漸く帰って来れたのだという救われたような思いがじんわりとエルの胸に広がり……この嬉しいときに泣きたい気持ちが溢れそうになるのを唇を噛んで我慢する。