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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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毒殺未遂事件④

「まぁ、そのように怯えたお顔をなさらないで。まだ、今は、伯爵がご想像しているようなことは起こりませんわ。ほら、他のご家族の皆様とは違い伯爵の症状は遅くていらっしゃるでしょう?特別に交渉がございましたから時間が経つ毎に症状が重くなるように薬を配合し、量を調節いたしましたの」


 転がったままの妻も子供達も誰の息遣いも聞こえない。

 自分もそう遠くないうちにこうなってしまうのかと苦しそうに息を荒くするレイヴスの目の前にクリスティアは液体の入った一つの小瓶を見せる。


「解毒剤です。この薬が欲しいのならばどうぞこちらの契約書にサインをお願いいたします」


 目の前で揺らされた小瓶に向かって必死になって手を伸ばそうとするレイヴスを嘲笑うかのようにして、その薬をクリスティアは背中に隠す。

 目が霞んで読みづらいがルーシーがレイヴスへと差し出した紙にはエルの後見人から手を引くこと、代わりにクリスティアの父親であるアーサー・ランポールを後見人とすること、そしてこの度の事件をウエルデ家の者は一切口外しないことなどが記されている。


「このようなこと画策してまでリリアル様が欲しがったユーリ様の婚約者という立場は間違いなくわたくしのものとなりますから、今後わたくしの代わりに公爵家を守る者が必要となるのです。わたくしね、エルのことがとてもとても気に入りましたからそれを彼にお願いしたいと考えております。彼ならば立派にこの公爵家を守ることが出来るでしょう。そのときにあなた方のような穢れた血筋は邪魔なのです。今後一切エルに関わって欲しくないのです。なのでこれにサインをいただければ……本日わたくしを害そうとした罪には目を瞑り、この解毒剤をお渡しいたしましょう」

「お前……!ば、罰が!ばうがっ!」

「あぁ、ほら……醜い口も聞けなくなってきた。もう時間がございませんわ。それにこの件であなたの言う罰が我が身に降りかかるのでしたら喜んで受け入れましょう。ですがよくご覧になって……一体誰の目にこの罪が見えているというのです?」

「うぅっ……」


 舌が回らなくなり呻き声を上げるレイヴスへと注がれる傍観者達の冷たい視線。

 誰も助けることのなく沈黙の広がる空間では、妻も子も自分の死さえも……全ては土に埋められ隠されてしまうのだと悟り。

 拒否権のない状況でペンを差し出したルーシーを見上げれば、もう正常な判断も出来ず。

 助かりたければ名を書くしかないと震える手でペンを握り、レイヴス・ウエルデはその紙に名を記す。


「げ、げど……げどくら……!」

「ルーシー、お渡しして」

「畏まりました」


 書かれた名を確認したクリスティアが満足そうに笑むとルーシーは小瓶をレイヴスへと差し出す。

 それを奪い取るように飲み干したレイヴスはこれで助かると喜ぶと同時に、必ずこの罪を暴いてやるという憤りを胸のうちに湧き上がらせる……が、急に瞼を開けられないほどの眠気に襲われる。


「き、さま……」

「我がランポール家から叙され繁栄した誇りを忘れた愚かなる血筋よ。始まりが我が家ならば終わりもまた我が家が授けましょう。ご安心なさってわたくしとのお約束は契約書通りにお守りいたします。ですがあの子が受けた今までの苦痛はランポールとなったあの子があなた達へとお返しいたしますわ」


 満足そうにその強欲な魂へと囁いたクリスティアの足先へと絶望に彩られた表情を浮かべたレイヴスの伸ばされた指先が辛うじて触れ、そして動かなくなる。


 しんっと静まり返った庭園に、なにが起こっているのか起きたのか……分からないエルだけが取り残される。

 取り残されながらも、この罪をエルは見て見ぬ振りをすることだけは理解していた。


「……あの……」

「まぁ、エル。驚いてしまって?安心なさって死んではおりません。皆が食したのはただの睡眠薬ですわ」


 沈黙を裂くようにけたたましいいびきがレイヴスから上がり、場の雰囲気に飲まれて分からなかったが他のウエルデ家の者達からも寝息が聞こえている。

 それに緊張して強張っていた体の力をエルは抜く。


「エル、全てわたくしの灰色の脳細胞のうちだと言ったでしょう?これであなたは伯爵家とは関係のない人間となるわ。契約書通り彼らは今後一切の干渉をしなくなるでしょう」

「で、でも……」


 ウエルデ家の者達はそんな約束を守るような者達ではない。

 きっとすぐにこの事件を口外し、自分達がエルやクリスティアにしたことを棚に上げて、被害者として社交界で自分達は殺されかけたのだと吹聴するに決まっている。


 自分だけが蔑まれ疎まれることは我慢が出来る、だがクリスティアがその的になるのは……絶対に嫌だと不安そうにクリスティアを見上げるエルに分かっているとでもいうように頷く。


「これは魔法道具で作られた契約紙なの、ここに記された約束事はどのような内容であろうとも破ることは出来ないわ。仮に彼らが事件のことを口外でもしたら……そのおしゃべりな舌は消えてしまうかも。それでもわたくしのことが心配ならばエル、王国では児童虐待は大変重い罪となるの。一週間に一度、子供達が神殿に集まり祈るのは信仰心を高めるためではなく虐待などに晒された子を早期に発見するため。貴族ならば身分剥奪が相応の罰となるわ。わたくしを陥れようとしていた件は契約通り見逃してさしあげても、あなたの件はあなたが見逃さなければ罪となるでしょう。そうしなくても王宮で起きた事件と繋がるのだから……伯爵に未来などありはしないのだけれど」


 最後のほうはぼそりと呟き、倒れるレイヴスを横目で見てニッコリと緋色の瞳を細めて微笑んだ彼女がエルを選んだのは……最初からウエルデ家を破滅するためだったのかもしれない。

 だとしたら……それが終わった今、エルはもう不要な存在ではないのかと考えてしまう。

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