表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
296/627

密談

 それからすぐに、クリスティアからエル宛てにリボンの巻かれた贈り物が届くようになった。

 お菓子や本に衣服、どれにも色は違えどリボンの巻かれた贈り物に添えられた手紙には当たり障りなく、最近流行っている物だから手紙と一緒に送るだとか、エルを思い出したから買っただとか……元々手紙と一緒に贈り物があったりしたので怪しまれることもなく、感想を求める内容が書かれてあれば捨てるわけにもいかずレイヴスは不服そうだがその全てをエルへと渡していた。


 二人の交流を許すのはきっと、エルとクリスティアが仲良くなれば王子様との婚約者候補から外れるかもしれないという打算があったのかもしれない。


 今日の手紙と一緒に届けられた青色のサテンのリボンが巻かれた袋を開けば中にクッキーが入っている。

 手触りの良いそのリボンを撫でながら、人気の無い邸の裏手でエルはそのクッキーを食べていた。

 レイヴスが贈り物を全てエルに渡したとしてもエルの世話をする(とはいっても世話らしい世話はしていないけれども)使用人に見付かれば欠片だけ残して他は全て奪われてしまうので部屋では食べないようにしているのだ。


 少しずつ大切に、どれだけお腹が空いていたとしても一日一枚と決めてクリスティアを思い出しながらゆっくりと噛み締める。

 甘くて香り高いクッキーはクリスティアの柔らかい優しさを思い起こさせて、食べ終わる頃にはいつもエルを寂しくさせた。

 今日分のクッキーを食べ終わり、温かい気持ちでいっぱいになった胸を抱えて部屋へと戻ろうと立ち上がった身をエルが再び屈めたのは……頭上の窓のある部屋、確か書斎だったはずのその中から公爵令嬢という単語が聞こえたからだ。


「事件の後にあの混ざり者に会いに行ったのだろう。会場には確かに居なかったからな……あれもたまには役に立つ」


 傲慢で不遜な調子からその声がレイヴスのものであることはすぐに分かった。

 エルの話をしているわりには、弾んだ声の調子に機嫌が良いことが窺えた。

 いつもは名を口にしただけでも隠しきれない嫌悪をその口調に含ませているというのに。


「まだまだ子供ですよね、今流行の舞台を真似るだなんて……お姫様が教会で王子があれを身に付けているのを見たらしいですし。こういった時期ですから誰かの目に入るようなやり取りは贔屓だと思われないようにと思ってこっそりとあのブローチを使っていたのでしょう……教会で会いましょうだなんて、子供の真似事に笑ってしまいましたよ」

「リリアルが随分と拗ねてしまったがな。司教が伝えたかったことはこのことだったんだな、もっと分かりやすく伝えればいいものを……」


 もう一人、響いたあの軽薄そうな声の調子は侯爵代理でありウエルデ家の外面の良い長男のものだ。

 一体なんのことを話しているのかは分からないが、そういえば最近、リリアル付きのメイドがリリアルが酷く怒っているようだから暫く姿を見せないほうがいいとエルにこっそりと忠告してくれたことを思い出す。


「首尾は上手くいっているんだろうな?」

「えぇ、ブローチは彼女に渡しましたから」

「ふん、これでリリアルが有力な婚約者候補として名を上げるだろう。天は私達を見放さなかったのだ!まさかあのブローチがランポール家の物だとわ!」


 ランポールの名にビクリっとエルの体が震える。

 言いようのない襲い来る不安にエルは注意深く聞き耳を立てる。


「全く、王宮の一件ではひやひやしたものだったが……結果的には司教に感謝しなくてはな!」

「あの一件でランポール家はすっかり噂の的ですよ。ご令嬢も今までの行いもあってか無情なる赤い悪魔だと噂されてますし。人の血を啜る魔の物かもしれないという僕の冗談を面白可笑しむ奴らが広めたんでしょうね」

「ははっ!いい気味だ!ブローチの件が上手くいけば彼の家は終わりだ!混ざり者を気に入ったのが運の尽きだ!そうだ、あのメイドはどうするつもりだ?」

「彼女が戻って来たらそのまま地方の領地に行かせます。僕の婚約を知ればなにか勘付くかもしれないし……そのまま別荘の管理人でもさせて暫く遊んだ後にでも処理しますよ」

「マティスがしゃしゃり出てくるのは癪に障るが仕方ない……間違っても穢れた血を残すような真似はするんじゃないぞ!」

「勿論です父上」

「我がウエルデ家に栄光あれ!」


 ドクリドクリとやけに心臓の音が耳に付く。

 エルを気に入っていることが彼女に悪い影響を与えているのだ。

 自分のせいでレイヴスの魔の手が彼女に迫るのかもしれないと脈打つように不安と恐怖が全身に巡って、エルは無意識に袋を持つ手に力を込める。


(彼女に知らせないと!)


 レイヴスの醜い高笑いを聞きながらゆっくりと後退ったエルは走り出す。

 なにが起きるのかは分からないけれどもなにかは確実に起きるのだ。


 彼女に会わなければ、会って助けなければ!


 それによってもう二度と会えなくなったとしても。


 泣きそうな気持ちにペンを持つ手を震わせながらもただ会いたいという言葉だけを綴った手紙に青いリボンを巻き付けて……エルは彼女の無事を祈っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ