王宮の一室①
教会の件から暫く経った頃。
王宮で5歳から10歳までの少年少女が等しく集められたガーデンパーティーが開かれることとなった。
レイヴスが道中、馬車の中でリリアルに言っていたが、同年代の貴族同士の親睦を深めることを目的とした気軽なパーティーだと銘打ったこの集まりは実質、立太子する王子の婚約者と側近を決める場なのではないかと囁かれているらしい。
期待ではなく確信の持ってリリアルが婚約者に選ばれると自身の娘を称賛するレイヴスに、それを当たり前だと言うように軽信して謙遜すらせず胸を張るリリアル。
何処までも傲慢で不遜なウエルデ家の面々の楽しげな声をいつも通り床に両膝を付いて蹲って聞いていたエルは耳に入ってくる下卑た笑い声を聞かないように、身を縮こませるふりをして耳を塞ぐ。
本来ならばウエルデ家がエルをこういった社交の場に連れて来ることはない。
だが一人一人に招待状が送られたこのガーデンパーティーに相応の理由なく不参加を申し出た場合には後日、王宮の使者が訪れ直接本人の様子を窺うとのことだったので仕方なく連れて来られたのだ。
王宮に到着し、侍従に迎えられ案内されたのは煌びやかな一室。
貴族にはどうやら個室が与えられるらしく、ここで大人しくしているようにと厳命され、リリアルと共に去ったレイヴスに安堵の息を吐いたエルはソファーの上に倒れるように寝転ぶ。
昼前から始まるパーティーだというのに伯爵家のメイド達の嫌がらせで日がまだ昇っていない時分から叩き起こされ、食事も出されず、まるで人形のように髪や腕を引っ張られる乱暴な準備をされたのだ。
挙げ句、共に連れて行かなければならない不満からレイヴスからは暴言と鞭を与えられ……心身ともに疲れきっていたのだ。
瞼を閉じればすぐに深い睡魔が訪れる。
このまま目を覚まさなければ王宮で死体が見付かったと大騒ぎになり、遺体が解剖台にでも乗せられればこの衣服に隠された体を彩る痣が露見し、ウエルデ家の醜聞になるだろうかと意識を手放す前にエルは考え、そうなるようにと切に願い意識を失った。
「……ル……」
誰かが名前を呼ぶ声が聞こえる。
頬を撫でる風に、体を温める暖かい日差し、風に揺れる木々のざわめきを聞きながら鼻腔を擽る甘い匂いと、エルの頭を優しく撫でる柔らかい掌の感触。
「……エル、寝てしまったの?」
今度はハッキリと耳に入ってきた自身の名前に瞼がピクリと動く。
このまま瞼を開くと頭上から降り注ぐ優しい声がもう聞けなくなる気がして……目を覚ましてしまったのだけれどもそのまま寝たふりをしていれば、クスクスと笑う声が響く。
きっとエルが起きたことはバレてしまっているのだろう。
けれどもそれに気付かないふりをして頭を撫でてくれる掌の優しさに胸が一杯になって……泣きたくなる。
どんな顔をして彼女は今、自分を撫でてくれているのだろう。
誰もがエルの持つ色を見て蔑んだ視線を向け、触れることのなかったこの色を一体どういった表情で……。
気になって薄く瞼を開けば、緋色の瞳が愛おしげにエルへと向けて細められている。
あっと思ってぱっちり瞼を見開けば、そこには豪奢なシャンデリアがぶら下がる天井が広がっている。
当たり前だが寝転んだソファーの上には誰も居らず、どうやら夢を見ていたらしいとエル一人しか居ない静まり返った室内に、現実を納得した途端に夢の内容が分からなくなる。
なんだかとても良い夢だった気がするけれど一体どんな夢を見ていたのか……。
分からなくなってしまったがあのまま目を覚ましたくないほど幸福な夢だったのは確かだと差し込む日差しを追って窓の外を見る。
太陽がまだ高いままなのでそれほど時間は経っていないのだろう。
期待はしていなかったが食事は準備されておらず、今日も食事は抜きかと眠気もなくなったのでぼんやりとソファーに身を沈めたままでいればコンコンと扉を叩く音がする。
(ノック……?)
まだ茶会は続いているはずなのに一体誰が訪ねてきたのだろうか。
主人の居ない部屋を訪ねてくる人など居ないはずなのに……。
レイヴス達ならばノックなどせずに入ってくるはずなので警戒するように扉を見ていれば再度鳴ったノックの音と共に声が掛けられる。