エル・キュワールの孤独②
「お父様、どうしてこの混ざり者を一緒に連れて行かなければならないの?」
「あぁ可愛いリリアル、仕方ないんだ。忌々しい法律があって週に一度、子供は必ず神殿での奉仕が義務となっているんだ。分かっておくれ」
「はぁ……私が未来の王妃になったら真っ先にそんな法律は廃止するわ」
エルが喋ったことが気に入らないというようにその鞭の打たれた背に幼い足を乗せたのはウエルデ家の末の娘であるリリアル・ウエルデ。
エルと同じ馬車に押し込められたことが心底気に入らないといった風に父親と同じく金色の髪に、巻いた赤いリボンを戯れるように触れて緑の瞳を細めたリリアルは子供らしさのない可愛らしさを押さえた、だが手の込んだ刺繍の施されたベージュのドレスから伸びた足を彩る白色の靴に力を込める。
ラビュリントス王国では法律で就学前の12歳以下の子供は二週間に一度、教会での奉仕の参加が義務づけられている。
特に後見人や養子縁組をした子供は奉仕ではなく個別での聖職者との対話も義務づけられており、それをしなければ法律で罰せられるのだ。
馬車が教会に付く頃には椅子に座ることを許可されたエルは痛めつけられた背を隠すように厚いジャケットを羽織るとなるべく二人の視界に入らないように隅に座って縮こまる。
王国で一番に大きいのであろう白亜の教会へと続く階段前で止まった馬車から降りれば、密室空間内の息苦しさから多少開放されエルはホッと息を吐く。
「お待ちしておりましたウエルデ伯爵」
「あぁ」
馬車の前に立ったいつもの助祭が頭を垂れて迎えると、レイヴスは不遜な態度で偉ぶるように胸を張る。
助祭はそんな態度を気にした様子もなく、ニッコリと笑みを浮かべて前を歩き出す。
「先日より行っておりました敷地内の改装が終わりましたので、格別のご厚意をいただいておりますウエルデ伯爵をご案内しろと司教様より仰せつかっております。どうぞご覧下さい」
早々に用事を済ませて帰りたいレイヴスからすれば迷惑な案内なのだが、多額の寄付をしているウエルデ家を無下には出来ないのだろう。
高貴なる身分として特別扱いをされることに悪い気はしないので付いていけば、助祭は何処か遠回りするわけではなく、階段横にあるスロープ状の動いている床へとレイヴス達を連れて来ると乗るように促す。
「慣れないうちは転んでしまう者も多くおりますので、手すりをお持ちになって進んでください」
ゆっくりと上っていく動く床に、皆少しバランスを崩しながらも階段を使用するより遙かに楽に教会前へと到着したことにレイヴスは感心したような声を上げる。
「ほう、動く床とは……新しい魔法道具は素晴らしいな」
「王宮にお勤めの魔具師の方が設計なさってくださって。足の悪い皆様にもご不便のないようにご利用いただけるようにとの配慮でございます。本日はユーリ・クイン王子も視察にお見えなんですよ」
「まぁ!そうなのですね!」
「今は庭園の魔法道具をご覧になられております、よろしければご案内いたしましょうか?」
「お父様、是非ご挨拶に伺いましょう」
「……そうだな。娘の奉仕は後日でも構わないか?」
「問題ございません。ですがそちらの令息との対話は司教様のご公務の関係で変更が難しいので、本日このまま行っても宜しいですか?」
レイヴス達の話を聞き流しながらエルはいつもこの大きな口を開けているかのような教会の扉を前にすると恐怖を感じる。
両親の死から今日まで教会での思い出が良いものではないことが原因なのだろう。
「一人で問題ないか?」
「はい……」
「いいか、司教様より私に伝言があるはずだから一字一句間違えないように覚えて私に伝えろ、出来るな?」
「はい、叔父様」
「入り口すぐに別の助祭がおります。その者に案内を頼んで下さい」
頷いたエルを横目に見てレイヴスは満足すると助祭と共にリリアルを連れて庭園へと向かう。
それを見送り一人、中へと入れば神の降臨や聖女の誕生など、聖書の一部が描かれたステンドグラスが陽の光に照らされて、無数の視線が降り注ぐようにエルを見下ろしている。
最近、腕の良い魔具師によって改装された内部は古くささを多少なりとも残しながらも外の階段と同じようなスロープや照明などの魔法道具が至る所に増えており、随分と近代的に改装されている。
「あの……司教様に会いに来たのですが……」
「あぁ、本日対話のご予定の方ですね。ご案内いたしましょう」
声を掛けた入り口横に立っていた助祭は深緑の瞳を細めるとエルを連れて奥にあるエレベーターに乗り二階へと進む。
広い廊下を真っ直ぐ進んだ先にある扉を助祭がノックをすればどうぞっと若い声が響き、開かれた扉にエルはそのまま中へと入る。