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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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エル・キュワールの孤独①

「顔を上げるんじゃないこの忌々しい化け物め!」


 がっしりとした体にじゃらじゃらと宝石が飾り立てられた仕立ての良い茶色のスリーピースのスーツを着た男によって振り下ろされた短鞭が、紺色のシャツに覆われた灰色の髪の少年の骨の浮いた小さな背中に当たりバシリッと乾いた音を立てる。

 揺れる馬車の床に両膝を突いて蹲り、額を床へと付けて声を上げないように歯を食いしばって瞼を閉じる少年、エル・キュワールはただただ自分を虐げる者達の視界に入らないように馬車の座席より更に下へ、その身が隠れるよう丸まるようにして縮こまる。


 この閉鎖された異様な馬車内の空間を当たり前かのように受け入れているのはラビュリントス王国の高貴なる家門の一つであるキュワール侯爵家の家門。

 遙か昔に王国の公爵家より叙されて侯爵家となったキュワール家の内部でこのような、幼い少年を虐待しているとは誰も思いもしないことだろう。

 日々の苛立ち、不満、不服をぶつけるようにして親族によって足蹴にされるエルは、本来ならばキュワール家を継いでいた長兄の子となるので正式なキュワール家の跡取りとなるはずだった。

 だがそうはならず彼がこの状況に陥ったのは両親が事故で同時に亡くなり、自身が幼い子供であったことに大いに原因があった。


 叔父という立場で事故後すぐにエルの元へとやってきた短鞭を持つこの男、レイヴス・ウエルデ。

 両親が生きている頃から全くといっていいほど親交のなかったレイヴスが、エルの後見人となれたのは血縁関係の近さとその狡賢さにあった。

 野心家で品行方正とは言い難いレイヴスは、伯爵家の婿養子となりながらも弟というだけで兄に奪われ享受出来なかった侯爵という地位に強い執着心を持っており、一人となったエルに最初は優しくし、その悲しみや孤独に寄り添うようなふりをしてその心に深く入り込むと、自分に都合の良いような後見人となる書類へとエルにサインをさせ侯爵家の全てを手中に収めていった。


 二人居る子供の内の長男を侯爵家の臨時当主に据え、長く仕えてきた使用人達に暇を取らせる。

 周りの貴族達を味方に付け、エルの存在を隠し、どんどんと皆から忘れ去られるように仕向ければ……今や伯爵であるレイヴスが侯爵のように振る舞っても誰も不思議がることはなかった。


 人によっては脈々と続いていたキュワール家の血筋はエルの両親の死と共に途絶え、ウエルデ家こそが正当な侯爵家であると信じている者もおり、良くも悪くも他家門への干渉をしない貴族の怠慢さはエルの孤独をより一層深めていった。


「毎回のことながらお前のせいで午前中の貴重な時間を潰されるとは……いいか!忌々しい血筋のお前を育ててやっている恩を忘れ、外で余計なことを話せばすぐに追い出してやるからな!高貴なる私達の顔に泥を塗るような真似はするんじゃないぞ!」

「……はい、叔父様」


 このウエルデ伯爵家の当主がエルをこれほど虐げているのはラビュリントス王国の純然たる血筋に異国の血が混ざることを忌んでいるのが大きな原因だった。

 鮮やかで美しい王国の銀や金の色に暗い色が混ざること、特にそれが全ての色を消す黒色であることを激しく厭うレイヴスは母親譲りのエルの灰色の髪も黒い瞳も穢らわしく、彼を混ざり者として罵り蔑むことに正当性があると思わせている一つの要因となっていた。


 短鞭をバシッと椅子へと振り下ろた音にビクリと背を振るわせて蚊の鳴くような声で返事をしたエルの反抗する気力は随分と前に失われていた。

 誰かになにかを言ったところでその相手がレイヴスの手先でない保証はない。


 一度、教会の人間を信じて自分の現状を正直に話したことがあるのだが、それらは全てレイヴスの耳へと入り、余計なことを言った罰として三日ほど食べ物も与えられず地下の使われていない貯蔵庫に閉じ込められたことがった。

 肉体的にも精神的にも限界を向かえていたエルは長い間、繰り返される虐待からもう誰かを信じることを諦めていたのだ。

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