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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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庭のかくれんぼ③

「ルーシーの稽古は厳しいでしょう。彼女は僕と同じ頃にこの邸に来たのですが、人一倍努力を重ねて義姉さんの侍女になったので……自分が努力したぶん他人にも厳しいんです」

「そうなんだね」


 その努力の厳しさが今、アリアドネへのスパルタ教育として降りかかっているので迷惑この上ない。

 グラスに注がれた熱を奪う気持ちのいい冷たさは、ディオスクーロイ公国の深い雪を思い出す。

 あの旅行が懐かしく思えるくらいもうすっかり暖かい春の日差しに、熱を冷ますように額から頬へとグラスを滑らし、そのまま唇へとグラスを持っていくと中の水をゴクリと飲み込む。


 柑橘類のほどよい酸味が口に広がり疲れた体に染み渡る。

 ただの水ではなく味の付いた水が出てくるなんて……流石公爵家はお金持ちだなっと余計なことを考えながらその美味しさにグラスの中身を全て飲み干そうとすればエルがそれを邪魔するように声を掛けてくる。


「美味しいですか?」

「う、うん。レモンがほんのり効いてて……公爵家は飲み物もお洒落なんだね」

「いいえ、レモンは入っていませんよ」

「えっ、そうなの?」


 少し咽せそうになりながらグラスから唇を離しニッコリと笑みを浮かべるエルを見る。


 レモンでないのならばこの酸味は一体なんなのだろうか……。

 味的に柑橘系であることは間違いないはず。


 この味の正体がなにか当てることをエルに期待されているような気がしたアリアドネは一気に飲み干すのを止めて一口、口に少しだけ含み丁寧にテイスティングするように舌の上で転がす。


「それ、毒の味なんです」

「げほっ!ごほっ!」


 口に広がるのはやはりレモンの酸味、からかわれているのかと訝しむアリアドネのしかめっ面にエルがなんてことないような冷静な声音で思いもよらなかった事実を告げてくる。

 本当になんの疑いもしていなかったので毒だと言われた言葉を理解するように飲み込むようにアリアドネは口に含んでいた一口をゴクリと飲んでしまう。


 飲んでしまった。

 ばっちり、しっかり、二口も飲んでしまった!


 一気に血の気の引いた顔をし、咳き込むアリアドネの手から落ちそうだったグラスをエルが平然とした様子で引き取る。


「どどどど毒って!?」

「どうしてあなたが義姉さんに気に入られたのか、色々調べてみたのですがさっぱり分からないんです。家族まで邸に引き入れるなんて……一体なにを企んでいるんですか?答えてくれたら解毒剤をお渡ししますよ」

「そ、そんなの知らなっ!」


 心底納得がいかないといった風に不満げな、不愉快そうな表情でエルに問われるが……アリアドネとてそのことについての納得はいってない。

 悪役令嬢のメイドだなんてどれだけ待遇が良くてもなりたくなかったし、家族は人質に取られたようなものだと思っている。


 企んでいることがあるのならばアリアドネとて聞き出したいくらいなので、こんな迂回も迂回な方法ではなくクリスティアに直接問いただして欲しいと。

 毒の種類がただ体調が悪くなるだけなのかそれとも死に到るものなのか。

 即効性なのか遅効性のかも分からず、ドキドキドキと胸が高鳴り目が回っている気がするのは毒のせいなのかはたまた状況に混乱しているからなのか判断出来ぬまま、このまま死ぬわけにはいかないので口に指を突っ込んで今飲んだものを吐くべきだと頭の端で冷静な思考が判断する。

 だが細やかな矜持がキャラデザの至高を攻略対象者の前で嘔吐ヒロインにすることを拒絶している。


 ヒロイン死す『完』で終わりたくない。


 とはいってもエルの望む答えを持っていないし、なにを言ったところで解毒剤を渡してくれそうにないので、こういうとき役に立つゲームの知識を頭をフル回転させて考える。

 いっそのことエルを攻略者として扱えばこの状況を打開出来るかもしれない。


「こ、こんなことをするなんて……クリスティアに酷い目に遭わされてきたんだね!」

「は?」


 地の底から湧き上がる声というのはこういった声なのだろう。

 なにを意味の分からないことを言っているのかと眉間に深い皺を刻んだエルに、そりゃそうだとアリアドネも自分の発言のおかしさに頭を抱える。


 今のクリスティアは悪役令嬢とは程遠く、エルを洗脳するために理不尽な力を持って彼を虐げたりしていないのは明々白々、これは義姉を心配するエルの独断の行動であろう。

 それなのにまるでこの状況はクリスティアのせいであるかのようなアリアドネの物言いに、これはエルの地雷でしかないと心の中の文代が焦り叫んでいる。


 どうやら飲まされた毒に混乱して選択肢を間違えたらしいので、進む先はバッドエンディングだと悟ったアリアドネは泣きたい気持ちを抱え、全アリアドネファンに謝罪しながら人差し指を己の口まで持ち上げるのだった。

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