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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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ルーシーの幸福②

「ふふっ、でもあまり根を詰め過ぎるとアリアドネさんが付いていけないわルーシー。彼女はご両親からお預かりしてる大切なお嬢様でもあるのだから程々にしてあげてね」

「ですが彼女はクリスティー様のメイドでもございますので」


 低い意識で仕えられては困る。

 いざというときにはその身を挺して盾になるくらいの覚悟で奉仕してもらわなければ。


 とはいえ職務に対しての忠実さを求めているというよりクリスティアがアリアドネを特別可愛がるのが憎たらしいという気持ちがルーシーの中で上回っているので、その当てつけで厳しく指導している節はある。


 二人の間で懐かしまれる前世の記憶がルーシーに疎外感を与え、アリアドネに全くそんなつもりはないのだが、お前より私のほうがクリスティアを理解しているのだと勝ち誇られている気がして……ルーシーの嫉妬心をマグマが噴き上がるようにメラメラと燃え上がらせるのだ。


 転生したのはアリアドネの知ったことではない、神様の思し召しだというのに理不尽である。


 そんな嫉妬心で皮膚を焦がし骨まで焼かれる前に……アリアドネはこの機を逃してなるものかっとルーシーがクリスティアに気を取られている間に逃走する。


「まぁ、元気が有り余っていたようね」

「捕らえますか?」

「いいえ、どうせ逃げられないのだから今日は見逃してさしあげましょう。鞭ばかりではなく飴も与えないと……彼女は特に、飴を多く与えないともたないわ」

「畏まりました」


 アリアドネの元気な後ろ姿を楽しげに見送るクリスティア。

 いざとなれば捕まえることなど造作もないことなのだが、主人が捕まえることを望んではいないので不承不承だが納得して頷いたルーシーは役割を終えた木刀を片付ける。


「それより今日も良い天気ね、絶好の散歩日和だわ」

「では朝の散策のついでに庭園で朝食でもいかがでしょう。新しい園丁が珍しい薔薇を咲かせたのでクリスティー様に是非ご覧いただきたいと申しておりました」

「まぁ、それは素敵ねルーシー。そうしましょう」

「畏まりました」


 アリアドネの父であるミノスは娘と違い大変素晴らしい仕事をしており、今この公爵邸は首都で一番の美しい庭を持つと噂になっている。

 社交界では此処で行われるパーティーの招待状の争奪戦が起きているそうだ。


 予定より早く退職することの出来た元の園丁は今、退職金をがっぽりと頂き南の国で畑仕事をしながら余生を楽しんでいることだろう。

 この息を引きとる瞬間までクリスティアの側で仕えると決めているルーシーにとっては全く羨ましくない老後だと思いながら、クリスティアと共に訪れ控えていたメイド達に朝食を庭園に準備するように指示を出す。


「ルーシー」

「はい、クリスティー様」

「お誕生日おめでとう」


 てきぱきと動くルーシーの姿を見つめ、一段落指示が済んだことを確認したクリスティアが抱えていた花束を悪戯な笑みを浮かべて差し出す。


 今日、この日はルーシーの実際の誕生日ではない。


 だが今日はルーシーがルーシーとしてクリスティアから名を授けられた日で……。


 毎年この日には特別気を遣ってくれていることをアリアドネの教育の件があり忙しくしていたルーシーはすっかり忘れていた。


「ク、クリスティー様!」

「今日は殿下がいらっしゃるからこれだけだけれど、明日はあなたのために一日時間を空けておくわ。なにがしたいか考えておいてくれる?」

「勿体ない、贈り物でございます……!」


 ルーシーが誕生日に宝石やドレス、休暇などを望まないことをクリスティアはよく理解している。

 そしてなにを与えれば喜ぶかも。


 クリスティアの心からの贈り物に泣きそうな気持ちになりながらルーシーは震える手で花束を受け取る。


 これは誰にも見向きもされなかったエラという女の墓前に飾るには美しすぎる花だ。

 美しすぎて……ルーシーがルーシーとなったことへの喜びに捧げるべき花なのだと抱き締める。


「さぁ、行きましょうかルーシー」

「はい、クリスティー様」


 ふわりと体を包む花の良い香りをこの身に纏い吸い込み、淡いピンク色のシュミューズドレスの揺れるその背を見つめながら、ルーシーはルーシーという名を得て主人の半歩後ろを歩けることにこれ以上ないほどの幸せを感じ、噛み締めるのだった。

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