ルーシーの幸福①
それからルーシーは一度も伯爵家へと戻らずそこを去り、ランポール邸でクリスティアのメイドとして仕えながら、主人のどんな疑問にもすぐに答えられるようにとあらゆる分野の知識を勉強し直し習得し、どんな強敵に襲われてもこの身一つで主人を護れるようにと国一番の騎士団へと入団すると技量を磨いた。
そしてルシアが寿退職をするとメイドから侍女へと昇格したのだった。
その頃にはランポール邸の誰よりも……いや、この世界の誰よりもルーシーはクリスティアの完璧なるメイドとなっていた。
「休憩は終わりです」
「えぇ!?」
あれから伯爵家は複数の罪が明るみとなり、家族と近しい親族まで等しく極刑となりエドガーを含め多くの者が北部の厳しい監獄へと送られた。
なにも知らなかったであろう幼いお嬢様だけは厳格な修道院へと送られ生涯を神に仕えて暮らすこととなったらしい。
共犯者である貴族達の中にいたマティス子爵家は違法な薬草の栽培で重罪となり、深く関わっていた当主は監獄へ他は平民へと降格となった。
行く当ての無くなったロザリーとエリサは生家へと連れ戻され……ロザリーは何処かの商家の何番目かの後妻へと治まり、エリサも同じように他国で王子様とは程遠い人物と政略結婚をしたと風の噂で聞いた。
エリサが何処まで知っていたことなのかは知らない。
いや、エドガーとの婚約のことを考えると全て知っていたと考えるのが妥当だろう。
あの灰となったバレッタは何も知らずに死にゆく愚かなエラへの餞別だったのだ。
「ルーシーがクリスティーの側に居るならこんなことしなくったっていいじゃないの」
「様!」
「ごめんなさいぃ!」
ぶちぶちと文句を連ねるアリアドネの横へと拾い上げた割れた木刀をルーシーが振り下ろせばすかさずの謝罪。
もしもあの時、エラがクリスティアの側に居ることを望まず家族を守ることを選んでいたのなら……ルーシーはこの少女の言う愚かなエラとなっていたのかもしれない。
だがそれは全て仮定の話、エラであったことはルーシーにとって過去に過ぎ去ったこと。
エラの犠牲を誰が知っていようといまいとそんなことは今となってはどうでも良いことだ。
ルーシーはルーシーの高潔さを失わないために全てを捨てクリスティアを選び、自分を犠牲にし続けた魂を穢すことを止めたのだから。
あれからロザリー達とは一度も会っておらず、彼女達もエラの居場所を知らないだろう。
ロザリーの生家である侯爵家とはどういった約束を交わしたのか、ルーシーだけは連れ戻されず今もルーシーとしてランポール邸でクリスティアの侍女として働いている。
もしかすると公的にエラという女は死んだのかもしれない。
だがそれもいい。
いや、それがいいとルーシーは思っている。
自分を探すのは、望むのは、クリスティアただ一人だけでいいのだから。
「いいですか、私もずっとクリスティー様のお側に居るわけではありません。学園では特に。あなたはクリスティー様のメイドとして授業中に暗殺者にお命を狙われたとしてもその身を挺してクリスティー様をお守りしなければなりません」
「授業中に狙うなんてどんだけ目立つ暗殺者よ!」
それはもう暗殺者というよりただのテロ。
ヒロインとして守られる立場に居るはずなのに、よりにもよって悪役令嬢を守る立場とか笑えないと休憩を長引かせたくて、ぎゃーーぎゃーー不満を口にするアリアドネに、いっそのことその口を縫い付けて喋られなくしてやろうかとルーシーが考え行動に移そうとしていれば、そんな可愛くないじゃれ合いを止める声が響く。
「ルーシー」
我が最愛なる主人の可憐なる声!
目にも見えぬ早さで呼ばれた名に振り返り見ればそこには色とりどりの春の花束を抱えたクリスティアが微笑み立っている。
ルーシーの眼前に広がるこの世の至宝である名画のような絶美なお姿、それはまさに地上に舞い降りた天使!
はわわっと胸を震わせ感動するルーシーはこの鮮麗たるお姿を残すために絵師を呼ばなければ、いや!まずはこのお美しいお姿を瞳に焼き付けなければと瞼を見開く。
「クリスティー様!お美しいです!」
「あら、ありがとう。賑やかな声に誘われて見に来たの。あなた達が仲良くなってくれたようで嬉しいわ」
「何処が仲良く見えるのよ!?」
お前の目は節穴かっと叫びそうなアリアドネの無礼にルーシーの殺気が飛ぶ。
見た者を石にでもしそうなその殺気立つ一睨みに、アリアドネはすぐさまクリスティアの後ろへと隠れる。