あるブローチ
エラがその見覚えのないブローチを見かけたのは王宮のガーデンパーティーの翌日のことだった。
他の参列者達とドレスの色や装飾品が被らないようにとガーデンパーティーのときに余分に持って行っていたドレスなどの荷物の整理をしているときに、ドレスの入っている箱から青色の楕円のブローチが見付かったのだ。
あまり出来の良いとはいえないそのブローチがお嬢様の物だとは思えなくて、エラはソファーに座って紅茶を飲んでいる少女へと声を掛ける。
「お嬢様。こちらはお嬢様がお持ちになった物ですか?」
「……それ……」
ブローチを見て驚きで瞼を見開いた少女は、少しだけ嬉しそうにエラからブローチを引ったくるとマジマジと見つめる。
そして、それを裏返した瞬間。
嬉しそうだった表情を一変させ、目を吊り上げた怒りの表情を滲ませる。
「ランポール!あの悪魔め!」
ブローチを振り上げて地面に叩きつける。
転がったブローチの後ろには、ランポール家の家紋が描かれており……。
エラは、やはりあの少女はあのとき部屋に入ったのだ!そのときに落としていった物を他のメイドが拾って荷物に混ぜたのだ!と内心焦りながら前で握った手を冷たくする。
「申し訳ございませんお嬢様!なにかの手違いで荷物に混ざったのかと……!」
「あの混ざり者よ!混ざり者が黙っていたんだわ!私を差し置いて忌々しい!今すぐに連れてきて!」
頭に血が上って喚く姿になにを言っても無駄だと悟る。
だが混ざり者と呼ばれたあの子をこの場に連れてくることは得策ではないことはエラも十分に理解している。
なんとかこの怒りを収めなければと口を開こうとしたところで、ノックもなく開いた扉からエドガーが入って来る。
「どうしたんだいお姫様。外まで大きな声が聞こえていたよ?」
「お兄様!」
苦笑い気味に部屋へと入ってきたエドガー。
エラにウィンクを一つしたのでどうやら助け船を出してくれるようで……ホッと安心していれば少女は床に転がったブローチを指差す。
「あの混ざり者がパーティーの日に人に会ったことを黙っていたのです!今すぐにその罪を罰しなければ!」
「人に?父上はそんなことは言っていなかったけど……あぁ、最近この家紋に気に入られてるみたいだから訪ねてきたのかもね」
「いいえ違うわ!あの悪魔のはずはないもの!」
床に転がるブローチに描かれたランポールの家紋を見て、エドガーが訝しんだように眉根を寄せる。
茶会のときの話をついさっきエドガーは父親から聞いていたのだ。
ハラハラとした気持ちで妹の剣幕を受けるエドガーのその後ろ姿を見ていたエラは拾ったブローチをもう一度拾うような仕草をしたエドガーを不審に思う。
「ははっ、これは……エラ。下がって良いよ、誰も連れて来なくて良いから……いや、父上を呼んできてくれるかな」
「畏まりました」
「お兄様!」
「お姫様、まぁそう怒らないで……もうすぐに全ては君の物になるんだから」
納得していないお嬢様を宥めるエドガーのその表情は背中に隠れてエラには見えなかった……。
だがその声音はゾッとするほど低く……嘲りを秘めて笑っていた。