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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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王宮でのガーデンパーティー③

「あら、あなた確かマティス家に居らしたメイドではなかったかしら?」

「さようでございます。あの日は人手が足りず臨時に雇われて働いていておりました」

「あれからあなたの評判をお聞きして、是非わたくしのメイドにと思って侍女に調べてもらったのだけれど……既にこちらで働かれていたのね残念だわ」

「申し訳ございません。お話しを頂いたときにはこちらへの出仕を決めておりましたので……わたくしのような者にお声をおかけいただいたこと大変感謝しております」

「そうなのね……なにか特別な理由があってこちらで働かれているの?」

「い……いえ、わたくしというより母が強く望んだのでこちらへと参りました」


 ふっとこの出仕を決めたことが自分の意思ではなかったことをこの少女に話すことが、エラは急に恥ずかしいことのように感じてしまう。

 誰かの犠牲によってエラの魂が穢されないことを祈ってくれたこの少女に、誰かの願いによってこの場に居る自分の献身さがその祈りへの裏切り行為のような気がしたのだ。


「そう、優しいのね……ねぇ、あなたのお名前は?」

「えっ……」

「あのような場で名を聞くのは憚れると思ってお聞きしなかったの。あなたの高潔さに惹かれたときからあなたの口からお名前をお聞きしたかったのよ」


 どうしてそう自分を気に掛けてくれるのだろう。

 戯れに吊し上げられていたあの場では配慮して聞かれなかった名を口にしようとして……エラは躊躇う。

 だが黙ってその名を告げるのを待つクリスティアに一つ深呼吸をしてエラはその名を告げる。


「エラ、です。エラ……」


 マティスの名を口に出すのを躊躇ったのは今が初めてだったかもしれない。


 この方の前でマティスの名を名乗りたくない。


 自分を貶め縛り付けるばかりのマティスの名を知られることをこれほど嫌悪したのは初めてだった。

 本当はエラという名ですら口にすることを憚ったのだ。


 その名を濁すように口をモゴモゴして告げたエラにクリスティアは気にした風でもなく、胸に手を当てて誰もが知る己の名を名乗る。


「そう。わたくしはクリスティア・ランポール。どうぞクリスティーとお呼びになってね」

「そのような……畏れ多いことでございます」

「クリスティーお嬢様」


 頭を垂れたエラの声と重なるように、後ろから声がかかる。


「まぁ、ルシア」

「会場にもお部屋にもいらっしゃらないのでお探ししましたわ」

「ごめんなさい、着替えを終えて戻ろうとしたら迷ってしまったの」

「迷っ、た……?」

「えぇ、迷っていたところをこの方に助けていただいたの」


 エドガーと同じ、一介のメイドが貴族のご令嬢を愛称で呼ぶことなどあり得ないのだが……しかしクリスティアを探して現れたルシアと呼ばれた侍女は当たり前のようにクリスティアを愛称で呼ぶので彼女にとってはそれが普通のことなのかもしれない。


 クリスティアがこの王宮で迷ったことを訝しんでいるのでやはり迷ったというのは嘘だったのだろう。

 嘘だと分かりながらも主人が迷ったというのならば迷ったのだと納得したルシアは疑問を飲み込んでエラへと頭を下げる。


「そうなのですね、クリスティーお嬢様を見付けていただいて感謝いたします」

「いいえ、そのような……」

「クリスティーお嬢様、先程からユーリ・クイン王子殿下がお探しですよ。勝手にお姿を見えなくされると草の根分けても探し出しますのでお戻りください」

「まぁ、大層高貴な監視役で困ったものだわ。どうせすぐにガーデンパーティーはお開きになるというのに……」

「クリスティーお嬢様のお転婆が過ぎるからです」

「くしゅん!ふふっ、そうね。水遊びには少し早かったものね。では、またお会いしましょう」

「えっ……」

「あぁ、そうだわ。ご安心なさってその背に隠されたサルヴァのことは誰にも申しませんから。部屋にあると不審がられるでしょうから食べ終わったらこっそりとテラスの端にでも置いておいてください、わたくしが城の者に回収するように後程、申しておきますから」

「か、感謝いたします」


 ドレスの裾を翻して去って行く少女が残していった言葉にエラのサルヴァの持つ手に力が入る。


 朝からなにも食べていないエラがこっそりと食べると思われたのかもしれない。

 それともやはり部屋の中を覗いたのだろうか?

 いや、考えるのは止めておこう。

 この場から去ったのならばどうでもいいことだ。

 彼女とはもう二度と会うことはないのだから……。


 そうエラが胸に言い聞かせたのは何故か確信を持ってまた会うかのような物言いを少女がしたからなのかもしれない。

 不安と期待が交じり合う気持ちを抱えながらエラは去って行く少女の背中を見えなくなるまで見送ったのだった。

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