王宮でのガーデンパーティー①
一週間後、王宮の庭で大々的なガーデンパーティーが開かれていた。
5歳から10歳までの少年少女が多く集められた王妃様主催のこのガーデンパーティーは表向きは貴族同士の親睦を深めることを目的とした気軽なパーティーだと銘打っているが、実際は8歳になる第一王子の立太子に辺り、側近と婚約者を決めるための集まりであることは誰もが知るところであった。
お嬢様付きのメイドとして初めて王宮へと足を踏み入れたエラはその荘厳さに落ち着かない気持ちでいた。
いや、我が儘で自分勝手に振る舞うお嬢様がなにかしでかさないようにという厳命を受けているせいか常に気を張っているせいで色々なことに敏感になっているだけなのかもしれない。
「まぁ、ご令嬢もとても素敵なドレスですわ」
「お嬢様の装いに比べましたら、ランクダウンのお店ですわ。そちらはアテナの仕立屋でございましょう?私は予約が取れませんでしたのに流石ですわ」
伯爵夫人と子爵夫人が和やかな会話(表面上だけ)を繰り広げる中、お嬢様は思いの外、大人しく。
自分より二つほど年下の幼い子爵令嬢へと微笑みを向けている。
母親のスカートの裾を引っ張り隠れる子爵令嬢とは違い、大人達の会話を邪魔しないように伯爵夫人の横で姿勢正しく待っているお嬢様。
自分が気高く高貴なる存在であると振る舞うその姿は心配するような我が儘を起こすような気配はなく、積極的に下位の者達と関わり合うということはないものの、下位の者達が自分を敬い尊ぶべきだという不遜さを伯爵夫人の物言いやお嬢様の態度が些か醸し出していた。
「ですがやはり……このガーデンパーティーの主役は彼女ですわね」
「……えぇ」
しかし、伯爵夫人やお嬢様がどれだけ自分の尊さを演じ、装おうともこのガーデンパーティーで一際皆の視線を集めているのは金色の髪に赤い瞳を持った公爵家のご令嬢であるクリスティア・ランポールだった。
マティス家のパーティーでエラを救ってくれたあのお嬢様は、立太子する第一王子とは幼なじみだとエラは聞いている。
装ったものではなく、自然と溢れでるその気高さと美しい振る舞いに感嘆と嫉妬の視線が一心に集まっている。
「このようなガーデンパーティーをこの時期に催すなんて……王妃様はもしかすると彼女とのご婚約に乗り気ではないのかもしれませんわね」
子爵夫人が内緒話をするように扇子で口元を隠して伯爵夫人へと囁く。
この勝負が出来レースであるということは誰もが知っていることだ。
婚約者は家格的にも年齢的にも幼なじみである彼女が第一候補者であり、側近は同じように幼なじみである宰相閣下の令息が有力候補者だろう。
望みは極めて薄いが、それでもまだ婚約の告示がない状況で王妃主催のガーデンパーティーが開かれるとなればそこに国王陛下とは違う別の思惑があるのではないかと勘ぐってしまう。
飴に群がる蟻のように、王子に纏わり付く者達は王子を幼いと侮り、彼が気に入ればそのレースを覆せるかもしれないと愚かな期待を持っているのだろう。
子供達を売り込むことに必死な両親とその期待に応えようとする子供達、最初から諦めている者達はこれを機に高位貴族と交友を結んでおけば後々損はないはずだという下心から誰彼構わず高位の者に近寄る者ばかり。
伯爵家へと取り入ろうとおべっかを使う子爵夫人は賢明にもレースを降りたらしい。
「夫人のお嬢様は家柄も振る舞いも彼女に劣ること無く、王子と良くお似合いかもしれませんわね」
「あら、そのようなことはございませんわ」
伯爵家というネームバリューを持つお嬢様も下位貴族達に数多くの挨拶を受けながら、引き攣りそうな笑みをずっと浮かべている。
そこには下位の者達にも分け隔て無く接する自分に気付くべきだという傲慢さを覗かせた視線を、王子へのアピールとして向けているのだが。
王子へと最初に挨拶をしたときに素っ気なかった態度を見るにお嬢様が婚約者となる望みは薄いだろう。
第一、その王子は誰に挨拶を受けていようともにその視線をクリスティアへとチラチラと向けていて、まるで監視しているようだった。
それが一体どんな感情なのかエラには分からないが、この中のどの令嬢よりも大切に思っていることは確かだった。