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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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マティス家のパーティー④

「あぁ、そうだわ。もう一人、確実にその時にこの場に居た方がいらっしゃるわ……そうですわよねミスター・マティス?」


 名を呼ばれてビクッとジョイは肩を跳ねさせる。


「あなたは客人を送り出しメイドに案内させたと申しておりました。つまり客人が居なくなり模様替えの始まる前まではこの場にいらしたということです」

「な、なにを……!」

「ミスター・マティス。どうぞご自身の冤罪を晴らすためにそのポケットの中を見せてくださるかしら?」


 白い、真っ白い幼い手が神の如く我が愛しの子を差し出せとジョイへと伸びる。


 愚かなジョイはエラに罪を被せることだけを考えて証拠の聖女像をそのオレンジ色のズボンのポケットに入れたままにしているのだろう。

 明らかに動揺し、そちら側のポケットに後ろめたさがあるかのように右足を一歩後ろに下げたジョイは主役から脇役へ、そして悪役へと転落する。


 その様を観客達が息を呑むように見守る。


 このパーティーの主催者であるマティス家の令息に今、幼き神が裁きを下そうとしているのだ。


「お姉様?」


 そんなクライマックスを遮るように戸惑いを含んだ声がエラの耳に入る。

 騒ぎを聞きつけたのだろうエリサが慌てた様子でエラへと近寄る。


「どうなさったの?大丈夫?」

「なんでもないわ。大丈夫よ」


 淡い緑色のドレスにあのバレッタは良く似合っている、誰が見ても可愛らしい貴族の令嬢に見えるエリサの不安そうな顔。

 まだパーティーは続いているこの状況でジョイに恥をかかせるわけにはいかない。

 マティス家の子供は浅はかで恥知らずだなんて噂をされればこれから先、このパーティーを皮切りに社交界へと出られるかもしれないエリサが肩身の狭い思いをする。


 ただでさえマティス家に認められていない子供は噂の的だ。


 ならば自身の矜持よりも大切なモノを護るためにエラは一つ大きく息を吸うとジョイへの不満を吐き出し、口角を上げ笑みの形を作ると一際大きく手を叩く。


「とても素晴らしい推理でございましたお嬢様。この場でご観覧の皆様も本日の夜会の始まりである余興を十分に楽しんでいただけたことと存じます」


 上手く笑えているかは分からない。


 ただ悟られないように頭を垂れたエラの姿に、今まさにジョイに吊し上げられようとしていた人物からの思いも寄らない、ジョイを守るような言葉に客人達はなにが本当のことなのか分からずにざわつく。


 こんな茶番は劇だと思わせたほうが最善だ。

 エリサのためにも。


「は、ははっ!まいった!流石、ランポール家のご令嬢!幼いながらに素晴らしい推理力に感服いたしました」


 ジョイにとっても悔しいことだろうが、下手に否定をしてそのポケットの中に忍ばせた聖女像のことを暴かれ責められ恥をかくくらいならばエラに乗るのが賢明だと愚かなりにも理解したのだろう。

 そんな二人の様子をじっと見つめていたクリスティアは緋色の瞳を細めると、戸惑う観客達を横目にこの舞台の立役者である二人に向かって拍手を送る。


「わたくしったら楽しい舞台劇のお邪魔をしてしまったようですわね。お二人の迫真に満ちた演技に真実の事件だとつい口を挟んでしてしまったようですわ。主役の座を奪うようなことをしてしまって申し訳ございませんミスター・マティス」

「いいえ、私なんかより麗しきレディが主役であるほうが舞台が際立つというものですよ。この場に居る皆様、喜んだはずです」


 ジョイの言葉に他の観客達からも拍手が上がり、クリスティアは照れくさそうに胸に手を当てて、その拍手へと礼を表すように軽くお辞儀をする。


「まぁ、寛大なお心に感謝いたしますわ。とても楽しかったです。それでは子供はもう帰る時間ですから失礼させていただきますわ。あなたよろしければ馬車まで送ってくださる?」

「畏まりました」


 エラを引き連れ去るクリスティアが扉を通ると同時にジョイは苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。

 この中のどれほどの客人達がこれが劇だと騙された振りをしているのか分からないが、エラは自身を晒し者にしようとした者達が囲う檻から逃れられたことに安堵し、自身を救ってくれた幼い少女を両親が待つ馬車へと送る。


「あの、感謝いたしますお嬢様」

「いいえ、わたくしには十分に楽しい余興でしたから。とはいえあなたにとっては愉快とは言い難い劇だったでしょうが」

「…………」

「ミスター・マティスを真っ直ぐと見据えるあなたの素晴らしい気高さを見てわたくしすっかり惹かれてしまいましたわ。どうぞ高潔なるあなたの魂が誰かの犠牲によって穢されないことを祈っています」


 共にメイドが付いているのだ、馬車までの案内など本当は必要なかったはず。


 この邸の誰よりも高貴である幼い少女の微笑みを胸に抱きながらエラは見えなくなるまでその馬車を見送る。

 きっとあのような主人に仕えることのできる使用人は幸福であろうと思いながら。

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