マティス家のパーティー②
「だが我が家の使用人達は給金も十分に支払っているゆえ困窮して盗みを働くような真似はしないはず。それが臨時で雇われた者ならば話は別……だろう?そして臨時のお前が知らぬというならば一体誰が宝石を盗んだのだと思う?」
「わたくしには分かりかねます、敬虔なる信徒が祈りのために持ち出したのかもしれません。もしくは神なる存在が無垢なる聖女像を気に入り賜ったのかも……もしそうならば近いうちに神からの祝福があることでしょう」
ジョイの考えではエリサの参加するパーティーで騒ぎを起こす訳にはいかず、エラはすぐに罪を認め謝罪をすると思っていたのだろう。
予想に反して否定するエラにジョイの頬が引き攣るが知ったことではない。
悔しんでも仕方ない、悲しんでも誰も助けてくれない。
部屋中から向けられる好奇と憐れみの視線を受けながらも気高さだけは失わぬようただ真っ直ぐにジョイを見つめれば、エラのその全てを知った上で彼の愚かさを訴えかけるような呆れた眼差しと口にした絵空事にジョイはカッと頭に血を上らせる。
「なんだその態度は……!」
激高したジョイの掌が頭上高くに上がる。
一度殴られればこの場に居る客人達もエラに対して同情的になり、事件がうやむやになり丸く収まるだろう。
こうなるように仕向けたエラの意図を汲み取った貴族からはもしかすると仕事を与えられるかもしれない。
とはいえこの場にいる貴族達に期待はしていないが。
「まぁ、とても興味深い事件が起きているようですわね」
殴られることへの正当性を打算的な考えで納得させて、これが最善だと拳を握り歯を噛み締めればそんな空気を割って入った幼い声にジョイの手が止まる。
部屋中の者達が声のした扉を見れば、藍色の髪を後ろ手で三つ編みに結んだ三日月目のメイドを引き連れた8歳ほどの少女が微笑みを浮かべて立っている。
シャンデリアの光りを浴びて輝く金色の髪を彩るピンクの薔薇の髪飾り、この状況を好奇心を持って見つめる緋色の瞳。
少女らしくピンク色のレースに覆われたドレスを身に纏ったこの少女は、このラビュリントス王国の公爵家の令嬢、クリスティア・ランポール。
パーティーの最上級の客人であり、今この場に居る誰よりも高貴なる存在に、椅子に座っていた客人達は立ち上がると皆ひれ伏すように頭を下げる。
「こ、これはこれはランポール嬢!もうお帰りになられていたと思っておりました!」
振り上げていた掌を背中に隠したジョイが慌てた様子で客人達に遅れ頭を垂れる。
それに気後れした様子もなく、どうぞ皆様気にせずにっと声を掛けてクリスティアは部屋の中へと歩みを進める。
昼から始まったこのパーティーはこのまま夜会へと変わり、参加していた子供達とその両親達は帰る時間のはずなのだが……。
クリスティアが現れたことによって一気に移った主役の座にジョイは引き攣った笑みを浮かべる。
「帰宅しようと思っておりましたらこちらからとても楽しそうなお声が聞こえたものですから気になってしまって……とても興味深い事件が起きたようですわねミスター・マティス」
「あぁ、それは……お騒がせをしてしまったようで……取るに足らない事件があっただけです。ご両親がお待ちでしょうからお帰りになられたほうが……」
「あら、どうして取るに足らない事件だとおっしゃられるのかしら?わたくし事件に小さいも大きいもないと思いますの。そしてどんな事件であれどそれは良くも悪くも誰かの人生を左右してしまうものでしょう?」
邪魔が入ったことで苛立った様子のジョイに臆すことなく、ニコニコと無害な笑みを浮かながらも頑としてこの場から辞する気配の無いクリスティアはジョイの目の前で立ち止まる。
「帰りがけにこのような事件に出くわせるとはわたくしとても興味深いですわ。えぇ、とても。ではまずお話しにあった聖女像を最後に見たのはどなたかしら?」
「ランポール嬢!」
「まぁ、ミスター・マティス。あなたはわたくしの言葉を遮るのかしら?」
幼い少女から発せられる公爵令嬢としての圧倒的な威圧感。
緋色の瞳を細めながら遮ることなど許さないという毅然としたその態度と、側に控えたメイドからの殺意の込められた一睨みで、いえそんなつもりは……っとジョイは縮こまる。