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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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マティス家のパーティー①

 それから二日後、マティス家のパーティーはそれはそれは盛大に行われていた。


 どうやらこの度、ラビュリントス王国の第一王子が立太子するに辺り婚約者を探すという噂が貴族達の間で広まっているらしく。

 どこまでの貴族位の子が選ばれるのか、誰の子が相応しいのかを探る情報収集の場として近頃はどの貴族もパーティーを開き王子と同じ年頃の娘を持つ者達は牽制しあっているらしかった。

 マティス家は王子の婚約者に釣り合う丁度良い年頃の娘もおらず、何処かの高位の貴族に与しているというわけではなかったので牽制し合う貴族達にとっては互いの情報を得るための都合の良い中立の社交の場となったらしく。

 予想以上に多くの参加者が来ることとなり人手が足りないからとエラは朝からこのパーティーに給仕係として駆り出されていた。


 正直言って身内のパーティーに浮き足立たなかったわけではない。

 家族として認められてはいないものの仕事を一生懸命こなしていればエリサとは違った形でマティス家の人達が自分を認めてくれるかもしれない。

 少しだけでも暮らし向きが良くなるかもしれない。


 そんな風に抱いていた淡い期待は、目が回るほどの忙しさが漸く落ち着いた夕方頃にはすっかり消えて無くなっていたが……。


「エラさん、少しお話しを宜しいですか?」

「はい……?」


 朝から食事も取らずに働いて疲れきっていたが背筋を伸ばしたまま疲れを面へと出したりはしないエラへとメイド長から声が掛けられる。


 家族のことがなければエラはもっと良い就職先で働けていただろう。

 ラビュリントス学園を主席で卒業し、人望もあったエラは在学中に大手の商会で働かないかと声が掛かることもあった。

 だがそれは母の面倒を見なければならなくなり全て断るしかなく。

 時間に自由があり、なにかあればすぐに休める仕事を選ぶしかなかったエラは今、その身一つで出来る便利屋のような仕事をしていた。

 在学中に仲良くなった令嬢や令息などの伝手を使って使用人のような仕事を貰う。

 残業もなければ自分の都合で休みが取れるこの仕事は日雇いであり下働きになるので賃金は安かったが頭が良く要領の良いエラは重宝され、役に立つという良い噂が広まったお陰で仕事に困ることはなかった。


「全く、信じられないことだ!」


 メイド長によって連れて来られたのは一階の客間だった。

 エラが室内に入るなり響いた怒号にビクリと体を震わせればそこにはマティス家の次男夫妻の長男であるジョイ・マティスが肩まであるくすんだ茶銀の髪を揺らし客人達を観客にして悲劇に酔う主人公を演じていた。


 上等な絹のジャボに嫌みったらしく付けられたアメジストの宝石ブローチ、赤茶色のチョッキにオレンジ色のズボン、そして綺麗に磨かれたロングブーツが床を歩く度にカツカツと音を鳴らしている。


 ジョイは典型的な貴族のお坊ちゃまだった。


 親の脛を囓って努力をしない、激高しやすく短絡的、なにか問題が起きれば身分を盾に言い逃れをする、両親に甘やかされなんでも自分の思い通りにしてきたジョイは、エラに対して意味のない敵対心を向けてくる存在でもあった。

 同学年で人望があり、成績優秀で生徒会にも入っていたまさに学園の主人公のような存在であったエラに、成績も素行も悪く落ちこぼれでエキストラにすらなれないジョイの積もり積もった嫉妬心と劣等感は学園を卒業し、華やかな世界に居るわけでもないエラに敵意を向けるには十分な理由だったのだ。


「さっきまでここにあった聖女像を知らないかエラ?胸に高価な宝石がついていた物なんだが……」


 マントルピースを指差しながら素人演劇の大根役者のような演技をしてエラに問うジョイ。

 確かに、そこに手のひらサイズの聖女像があったことはエラも覚えている。

 午前中に行ったパーティーの準備の際にはエラもこの場に居たのからだ。

 それを承知の上でわざわざ宝石を強調して非難するかのように一人のメイドを呼びつけて問うジョイの意図を察し、エラは気付かれないように溜息を吐く。


(何故私に尋ねるのかという問いは愚問ね)


 これはエラを吊し上げるためにジョイが演出した舞台なのだ。


 メイドに罪をなすりつける余興。

 日頃からエラを目の敵にしてくるこの男が考えそうなことだ。


 この部屋に居る客人の何人かはこれが茶番であることに気付いているのだろう、隠しきれていないクスクスとした嘲笑がエラの耳に入る。


「わたくしは知らぬことです」

「知らぬこととは……嘆かわしいな。君の家の事情は知っているが、まさか盗みを働くとは……」

「わたくしではございません」


 だったら対人警察を呼べばいいと開き掛けた唇は閉じるしかない。

 捜査をすればエラが濡れ衣であることはすぐに暴かれるだろうが、騒ぎを大きくすれば雇い主を辱めた使用人として自分を雇ってくれている貴族達からの評判は下がるだろう。


 だがこの場で罪を認めるのはもっと悪く、エラの仕事の信用問題に関わる。

 ならば取る手は限られてくる。

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