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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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早朝の悲鳴③

「分かりました、では10分間の休憩です」


 これ以上、無理を通して辛いだなんだと逃げられてはそちらのほうが面倒だ。

 人質のように持っていた水筒を渋々ルーシーが差し出せば、それを奪い取るようにアリアドネは受け取るとがぶがぶ飲みだす。


 可愛らしい様相とは違い、飢えた獣のようなその姿。


 確かにいきなり10周から50周への跳ね上げはハードルを上げ過ぎたようだ。


 学園が始まり授業中、ルーシーはクリスティアの側に居ることが出来ないのでその間の護衛の役目をアリアドネにと思い気合いが入りすぎていたと、クリスティアの侍女たるものもう少し心にゆとりを持ってアリアドネを洗脳していかなければ……鞭ばかり与えていたことを反省しながらルーシーは持っていた木刀を自身の鍛錬のために振るう。


「わぁ……かっこいい」


 後ろに一つに結んだ赤毛の髪が風を切るように揺れる。

 縦へ横へと木刀を舞うように扱うルーシーの剣技にアリアドネは思わず感嘆の声を上げる。

 当然だ、ルーシーは辞退しなければ王室を護るラビュリントス王国随一の聖騎士に選ばれるくらい実力があるのだから。


 頭上高く振り上げた木刀を下ろし、風を貫くように突く。

 つい先日まで目の前にはクリスティアに無礼を働く憎き王太子殿下の幻影を描きにしていたが、今は得体の知れない……目の前で自分に見惚れる少女の幻影を描いてボッコボコにしている。


 クリスティアがアリアドネを気安く扱う様が腹立たしい。


 クリスティアがアリアドネを可愛がっている様が殊更に憎たらしい。


 自分の幻影がボッコボコにされているとは知らずに呑気に拍手喝采するアリアドネにルーシーは呆れる。


「感心せずに、あなたもクリスティー様のメイドとして働くのならばこれくらいのことが出来なければ困ります」

「無理だって!」


 見るだけで盗めるならば努力など不要。

 体を動かしただけで得られる技術ならば50周のランニングなんて最も不要なはず。

 前世から兄に護身術など色々と教えられてきたが運動は苦手だったので一度も上手くいったためしがないのにと悲鳴のような声を上げるアリアドネだがルーシーの知ったことではない。


 クリスティアのメイドになった時点で否定は許されない。

 なのでその戒めを刻んでもらうためルーシーは木刀をアリアドネの目の前で振り下ろす。


「返事は、はい。畏まりました。お任せください。以外はございません」

「は、はひ……」


 全て肯定の台詞と共に地面に叩きつけられめり込んだ木刀と少し切れて宙を舞う焦げ茶の前髪。

 前身から放たれるルーシーの殺気にアリアドネはゲロりそうだと水を飲んで潤った筈の口内が再びからっからに渇き干涸らびる。


 なんでこんな目に遭わなければならないのか、世の乙女ゲームのヒロインは苦労してこそ正真正銘のヒロインになれるのかもしれないけれどもその苦労の方向性が違う気がすると脇腹の痛みが胃をキリキリと痛ませる。


「ゲームのエラは私に優しかったのに……」


 本当に優しかったのに……。


 クリスティアの策略に嵌まらないように危険を教えてくれたり、その身を挺してアリアドネを庇ってくれたり。(とはいえそのシーンがある分岐点の向かう先はバッドエンディングだけれども)

 数々の困難を乗り越えて強い友情を育みハッピーエンディングへと突き進むはずの世界線とは違う今のエラは、アリアドネの前世である小林文代がスチル見たさにわざと選択肢を間違えて起こしてきた数々のバッドエンディングの死に様に対する恨みが籠もっているようで……友情を育めそうにないとぼそりと聞こえないと思って呟いたアリアドネの細やかな文句を聞き取ったのだろう。

 バキッとルーシーの手の中で木刀が真っ二つに折れる。


「あなたのおっしゃるゲームとやらのバッドエンディングをご所望されるのでしたらいつでもお手伝いいたします」

「ご……ごめんなさい」


 捨てたはずの自身エラの名を知っていることが不愉快で自然と手に力が入ってしまった。

 そう、笑っていない笑顔で告げるルーシーが地面へと放り投げた元は一つだった木刀がアリアドネの足へと転がり当たる。


 憐れにも怯え謝ることしか出来ないこの少女が自身の名を知っていることがルーシーの警戒心をより一層駆り立てる。


 高貴なるクリスティアと同じ転生者だとのたまうこの少女が知るエラ・マティス。


 クリスティアに忠誠を誓った日に捨てた名であるエラ・マティス。


 あの愚かなる女は死んだのだから。

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