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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
何故彼女は赤い悪魔となったのか
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早朝の悲鳴①

 ランポール邸の裏手離れにある訓練場。

 常ならばまだ静寂の広がっているその広大な訓練場の外周からまだ日も昇っていない時分からザッザッザッと砂を蹴る足音が響いている。


 暗闇の中をフラフラと。


 今にも倒れそうな様子で歩いているのか走っているのか分からない速度で半袖シャツとスラックス姿の一人の少女が二つに結んだ焦げ茶色の髪を揺らして懸命に前へ前へと足を進めている。


「あと3周です」

「なんで……」


 その少女、アリアドネ・フォレストは縺れて転びそうな足を踏み出しながらゼイゼイ荒い息を吐き出し、ただゴールに向かって足を動かし続けている自分の気力を最大限に振り絞るようにして空気を吸い込む。


「なんで!こんなこと!しないと!いけないのよっ!」


 アリアドネが叫びたくなる気持ちは尤もだろう。

 只今の時刻、早朝5時30分。

 毎日毎日4時に叩き起こされあれよあれよと着替えさせられて連れて来られる訓練場。

 残り3周を律儀に走りきり、崩れ落ちるようにして地面へと両膝を付いたアリアドネはこんな毎日朝早くから50周もどうして走らなければならないのかと、息も絶え絶えの疲れ果てた声で訴える。


 あの冬休みの旅行から帰り、全てのアルバイトを辞めさせられてクリスティア・ランポールの専属メイドとして働き始めて早三ヶ月。

 最初の頃はそれはそれは楽しいメイド生活だった。


 クリスティアは人前に出るときの立ち振る舞いさえ他のメイド達と遜色ないようにしてくれたらそれでいいと言ったっきりアリアドネを四六時中、側に置いたり無理難題な仕事を与えたりとかはせず、邸の外に出なければ基本彼女を自由にさせていた。

 なのでアリアドネも持て余した暇を潰すようにランポール邸を探索したり、忙しそうな他のメイド達の手伝いをしたりして……仲良くなっていったメイド達に行儀を習ったりと、適度に忙しい日々を過ごしていた。


 そうしている内に過ぎたこの三ヶ月でアリアドネはランポール邸の部屋の位置などを覚え、他の使用人達とすっかり仲良くなり、人前に出られるほどの作法を覚え(覚えただけでまだ人前に出たことはない)、充実したメイド生活と始まった学生生活を謳歌していたのだが……。


 それは三ヶ月過ぎた途端、唐突に変わってしまった。


 朝早くから叩き起こされ始まる地獄のランニング、息も絶え絶えだというのにこの先にまだ待ち構えている木刀の素振りというトレーニング。

 そういえば仲良くなった他の使用人達から働き始めて何ヶ月経ったのかと何度も聞かれおり、二ヶ月と半月が経った頃から妙に優しく接せられていたが皆、こうなることを知っていたのだろう。


 三ヶ月間は試用期間だったのだ。


 三ヶ月後に訪れるこの地獄のトレーニングを皆知っており、それを通過した猛者達だったのだ。


 このままでは華奢なヒロインがムッキムキの筋肉ウーマンになってしまう。

 恋愛ゲームからアクションゲームにジャンルが変わってしまうと膝を付いたままのアリアドネは、折角こんなキャラデザの至高として生まれ変わったのにそんなの嫌すぎると、どうにかして逃げるチャンスはないだろうかと考えていれば……その考えを無駄だと遮るように黒い影が覆い被さる。

 毎日毎朝、引き摺るようにしてアリアドネをベッドから訓練場へと連れてくる人物。

 三ヶ月の試用期間を経てアリアドネの教育係となったクリスティアの忠実なる侍女、ルーシーだ。


「あなたはクリスティー様の専属メイドとして雇われたのです。しかも()()。いつまでもお客様気分でのんべんだらりと過ごされては()()雇われたわけではない他の使用人達の期待を裏切ることとなります。あなたは()()、雇われたのですから」


 殊更直接を強調されることになんの意味があるのか分からないが、その期待は重荷だ。

 アリアドネはルーシーのように意識高くいられない。

 大体、この三ヶ月アリアドネだってのんべんだらりとなんて過ごしていない。

 むしろ他の使用人達からはクリスティア付きのメイドが下級メイドがする雑務の手伝いをしてくれるなんてと、随分と感激され可愛がってもらっている。


 下級メイド達の籠絡は目前であった。


 ちなみに厨房担当のメイドやコック達は真っ先に籠絡済みである。


 アリアドネはメイドとなる以前に味わっていた貧乏生活で食に対してすっかり貪欲であった。

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