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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
双子祭りの生け贄
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帰路③

「結局ストロング公は本当にお兄さんを殺したのかな?」

「アリアドネさん、それが重要ではないことはあなたもお分かりでしょう?」


 確かにそうだけれども……。


 自分だけトラウマを植え付けられてどこもかしこもハッピーエンドだとなんだか納得できない気持ちになり、アリアドネは意地悪を言いたかったのだ。


「事件は解決し、結果として我が国の殿下が公国を見限ることはなく……末永く良い関係が保たれるのです」

「……どういうこと?」

「公国では近頃不透明なお金の流れがあり、我が国の支援金を私欲に使っているのではないかと陛下も殿下も怪しんでおられました。アーチ様はお心の不安を浪費で晴らしておいでだったのでしょう……前庭の彫刻も赤の間の調度品もそれはそれは名のある作家の良い作品でしたから。それだけ費用の掛かる物を豊かではない国の主が一体どこから捻出したのか。今まではどうやらエット様が青の間の調度品などを売ってどうにか費用の工面をされていたようです。ですがそれもいずれ限界が訪れること……いつかは我が国の支援金に手に付けて関係を悪化させていたことでしょう」


 過去に育まれた友情があったとしても、ラビュリントス王国は国として善意や同情でディオスクーロイ公国を手助けしているわけではない、将来的な益を見越しているからこそ投資をしているのだ。


 この事件によって、公国は王国への感謝を生涯忘れることはないだろう。

 多大なる恩を売れたことに満足したようなクリスティアが最初からそこまで見越していたのだとしたら……敵わない、敵うわけがないと。

 愚かなピエロは踊り続けて疲れたというように窓側にその身を委ねると、アリアドネのポシェットからカチャリと音がする。


「あっ、そうだ。クリスティー、これ……」


 ポシェットから取り出したのは蔓の形をした銀細工に緋色のガラス玉の付いたブローチ。

 アリアドネがメアリーのお店でこっそり買った物で、ホテルに戻ったら渡そうと思っていたのだが着替えやら事件やらでタイミングを逃しすっかり忘れていた物を恥ずかしげにクリスティアへと差し出す。


「宝石なんかより見劣りするだろうけど庶民の私にはこれが限界っていうか……旅行とか人形のお礼、あなたに似合うかなって」

「まぁ!まぁまぁ!素敵だわ!ありがとうございますアリアドネさん!わたくしあなたからの心のこもった贈り物をいただけてとても嬉しいわ、大切にいたします」


 差し出されたブローチを宝物のように受け取ったいつもは大人っぽい少女は年相応の幼い笑顔を満面に浮かべ喜ぶので、アリアドネは照れ臭くなる。


 どんな宝石よりも輝いて見えるブローチを早速胸に付けたご機嫌なクリスティアの喜びようを隣のルーシーが微笑ましげな笑顔で見つめている。

 そしてその顔をゆっくりとアリアドネへと向けると一転して、嫉妬心丸出しの修羅の表情に変わる。


 怖い!怖すぎる!!


 視線だけで心臓を射貫きそうな有能な侍女のその形相をアリアドネは見なかったことにするため俯き視線を逸らす。


「それさ、私のお給料で買った私からすれば高価な物なんだよね。それでなんだけどさ勝負に負けたときの条件なんだけど……」


 そのブローチは純粋にクリスティアに似合いそうだから買った物であってアリアドネに賄賂のつもりはなかった。

 今もブローチを買ったときの純粋な気持ちを条件付けをすることによって悪魔に売り払うような、そんな心の葛藤はあるもののこの状況でそうは言っていられない。

 このブローチにアリアドネの……いや、フォレスト家の未来が掛かっているのだ。


 クリスティアにしてみればちんけな贈り物だろう。

 貴族のご令嬢が持つ輝く宝石の散らばる装飾品からすれば見劣りもするだろうけれども、これは貧乏なアリアドネが自分で働いたなけなしのお金で買った精一杯の贈り物なのだ。

 その溢れでる推理力でブローチに値段以上の価値があることを察し、クリスティアへの友情に答えようとする(というよりかは同情心に訴えようとする)アリアドネのひたむきさに絆されてはくれないだろうかと期待を持って条件の変更を願い出る。


 家に帰れば借金取りが待っているのだ、あの新たな奴隷契約事項は現実的に飲み込めない。


「私の家はまぁ色々あってお金が無いから私も働かないといけないじゃない?だからちょっとだけ……ほんのちょっとだけ負けたときの条件、譲歩してくれない?」


 ほんのちょっとでいいのだ。

 週6で入っているバイトの時間だけは呼び出さないで欲しい。


 切実さを持って頭を下げたアリアドネのその両膝の上で握られた掌を、クリスティアは安心させるように自身の手で覆う。


「そんなに心配なさらないでアリアドネさん。あなたの生活を脅かすような無理難題を押しつけるつもりは最初からございませんわ、わたくしとて悪魔ではございませんもの」


 アリアドネに奴隷契約を仕掛け、人々から赤い悪魔と囁かれているクリスティアが自分の口で自分は悪魔ではないと言ったところで……信憑性はない。

 少なくとも天使ではないとアリアドネは心の端で思いながら、慈悲深く与えられた免罪符にほっと安堵する。


 ブローチの手柄かどうかは分からないが明日からも馬車馬の如く働けるのだ。

 条件変更の許可が降りたことで一安心し、嬉しくはない労働を懐かしめるくらいにはこの旅行は楽しかったので終わるのが惜しまれると馬車の窓の外に見える自宅へと向かう分かれ道を前に、名残惜しさを胸に残して我が家へと向かう左道へと馬車は……進まない。

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