そして真実へと③
「誘拐されたことは私、全く覚えていませんでした。母さんから聞かされたときも正直夢物語を聞いているようで……母さんが字を覚え、当時の新聞を探して、丁寧に説明をしてくれました。でも私はその頃、王国の学園に通っていた頃で……友達もいたし覚えていないことだったので本当の家族が居ると言われても現実感がなくて、王国を離れたくないと思ったんです」
覚えていないことだ、メアリーが話さなければ一生隠し通すことも出来ただろう。
だがそうせず真実を告げたのはメアリーがマーガレットのことを疎ましく思っていたからではない。
それは愛しているからこそ告げなければならない真実だと覚悟していたからだ。
彼女を愛する本当の家族が他に居て、記憶には無いけれどもデイジアという少女が居なくなったことを悲しんでいるかもしれない……そんな真実があったとしても変わらず愛しているのだと告げるために伝えた真実に、マーガレットは当初ショックを受けたもののラビュリントス王国を……メアリーとアメットの側を12歳の少女は離れがたかったのだ。
「でも、私が18歳の時に初めてそちらのお屋敷を見に行きました。私が居なくなったことで家族は一体どうなってしまったのだろうって……不幸にはなっていないだろうかって……それに皆さんを見ればもしかしたら無くした記憶を取り戻すかもしれないとも思ったんです。でもなにも思い出すことはなく、庭先で穏やかに過ごす皆さんの様子を見て……私は名乗り出ることは止めようと思いました」
「どうして……」
「怖かったんです。私を誘拐したのは公国の君主様であることは母さんに教えられ知っていましたから、もし私が生きていると知られればなにをされるか分からない、もしかすると皆さんが殺されるかもしれないと……本当にごめんなさい」
生きていると知らせることも知られることも怖かった。
自分のせいで誰かが不幸になることが恐ろしくて……デイジアは思い出せない過去を自身が育っていたかもしれない屋敷へと残し、マーガレットとして生きていくことを決めたのだ。
「だからどうか母さんを責めないでください、私は今まで本当に幸せに暮らしてこれました。それは母さんが私を苦労させないようにと大切に育ててくれたからです。アメットも側に居てくれました……アメットは全て承知で私と双子だと偽り少しでも血の繋がりのある家族の側に居ようと、たまにでもその姿を見に行こうと学園を卒業すると同時にディオスクーロイへと一緒に来てくれたんです。それから今の仕事を見付けてくれて……凄くやりがいがあるんです」
「……デイジア」
本当は公国に戻ることは不安だったけれどもアメットはいつも躊躇うマーガレットの背中を押してくれた、そして見つけてくれたホテルという職場はとても都合が良かった。
自国のホテルに泊まる自国民はそういない、広大な領土が無いのならば尚のこと……ホテルの客人達で昔に起きたデイジアの事件のことを知る者は居なかったのだ。
なんの不自由も無くデイジアがマーガレットとして生きてこれたのは紛れもなくメアリーとアメットの愛情のお陰だ。
だからどうか責めないで欲しいと頭を下げたデイジアに、止まっていた呼吸を吐き出すように名を呼んだヘレナが近寄る。
ずっと待っていたのだ。
この二十年、何度も諦めるべきだと心が挫けそうになる中どうしても捨てきれずにずっと僅かな望みを抱えながら待っていた。
震える声で名を呼び触れれば消えてしまいそうな、今見ているのは幻であるかのような、そんな気がしてヘレナが胸に抱えた手を伸ばせずにいればデイジアが戸惑いながらも自分の胸ポケットに手を伸ばす。
「あの……これ……覚えてますか?」
取り出したのは黄色いクマの小さな人形だった。
メアリーが真実を話したときに渡してくれたそれは記憶を失ったデイジアのポケットに入れられていた人形で……家族との繋がりになるだろうから大切に持っておくようにと言われ今日までずっと肌身離さずデイジアは持っていた。
「デイジアっ、デイジア!」
その人形のことをヘレナは忘れるはずはなかった。
お腹の中のエナに渡すのだと抱きついたあの愛おしい幼い手を、忘れるはずはないと……。
すっかり大きくなってしまったその手をその人形ごと両手で握ったヘレナは泣きながらも笑みその体を引き寄せて抱き締める。
その瞬間、あっとマーガレットはヘレナの背中に幼い子供の幻覚を見る。
大切にしなさいと言っていたヘレナの優しい顔を、トクリトクリと暖かく脈打つエナの鼓動を、ルドルの穏やかな笑みを……デイジアはハッキリと思い出す。
「ごめんなさい、お母様……本当にごめんなさい!」
「いいの、いいのよ!あなたが生きていた!それだけで十分よ!」
こんなことになるのならば恐れずに名乗り出れば良かった。
こんなことになるのならば……!
抱き締め合う二人にルドルとエナも寄り添い皆で涙を流す。
漸く戻れたのだ。
離れていた家族は漸く、今一つになることが出来たのだ。
罪の上に成り立ったその再会は再びの離別になるかもしれないけれども……その別れが悲しみに埋もれることはもうない。
「公のその腕と足は彼女達を逃がした対価でしたのでしょう?」
「アーチは怒り狂いました、逃がした一人につき対価を払えと……不思議ですね。私の腕や足を切り取っても殺そうとはしなかったのですから」
いっそのこと生け贄として谷へと落としてくれていれば……なにかが変わっていたのかもしれない。
皆の再会で歪に繋がった双子の運命も同時に終わり。
エットは今日、漸く……アーチのための安らかなる祈りを願えるのだとその瞼を閉じた。