そして真実へと②
「皆様、彼女はマーガレット、私の娘として育ててまいりました。本当の名前はデイジア……アーデンご夫妻の娘でございます」
「そんな!」
「まさか!」
薄黄色の髪、橙色の瞳……少し不安そうな表情を浮かべるマーガレットに安心するようにと手を伸ばしたメアリーのその手を握ったマーガレットは、驚き動揺するヘレナ達を見つめる。
「申し訳ございません、本当に!あの日、あの悲劇の日、私がエット様からお預かりしたのでございます!私はストロング家のメイドをしておりました、私の母はお二人の乳母をしており双子であることを知る数少ない使用人でございました。そのご縁で私はずっとエット様のお世話をしていたのです」
あの日もそうだった。
滅多に人が来ないのでいつも使う青の食料保管庫からこっそりと秘密の通路へと入り地下の部屋へと降りたメアリー。
エットに祭りのお土産を持って行ったそこには……血塗れの幼い少女がエットに抱きかかえられていたのだ。
「エット様はすぐにこの子を連れて逃げろとおっしゃいました、逃げなければきっとアーチ様に殺されるからと……私はその日、お祭りから帰ってすぐにエット様の元へと向かったので城で誘拐事件が起きていることを知らなかったのです。私はエット様の言われた通りマーガレットを連れて逃げました。逃げて逃げて逃げて、そして辿り着いたのはラビュリントス王国でございました。そこで私は名を変え……マーガレットを自分の娘として育ててきたのです」
「どうして!どうしてすぐに名乗り出なかったんだ!逃げたのならばどうして!」
「マーガレットは頭を怪我したショックで記憶を失っておりました、自分の名も分からなかったのです」
「だが新聞にだって載っていたはずだ、俺達は何度も広告を出した!僅かな望みをかけて他の国の新聞にだって、ラビュリントスの新聞にだって!探そうと思えば方法は幾らでも……!」
「どうぞルドル様、アント様、メアリーを責めないでください。当時ラビュリントス王国でディオスクーロイ公国の情報を得ることは貴族ですら難しく……移民という立場の彼女では尚のことデイジアのことを調べようがなかったのです」
デイジアが生きていたことを知らず、愚かにも後悔と復讐に燃えていた一同。
長年抱えていたものが空事だと知り新たに胸に湧くこのどうしようもない憤りをメアリーへとぶつけるしかない気持ちは分からないでもないが事情があるのだ……責められるべきは今はいないアーチであって名を変えてまでデイジアを守ってきたメアリーではないとその責めをクリスティアが止める。
「それにメアリーは当時、字がお読みになられなかったのでしょう?皆様もご存じでしょう、このディオスクーロイ公国では識字率が年齢が高いほど低くなります」
「それは……!」
それは公国に住まう者ならば誰もが知っている公然の事実だ。
だからこそ街にある店の看板には店名の隣にその店がなんの店なのか分かるように絵が掲げられている。
レストランである白鳥の卵の看板にナイフとフォークの絵が書かれていたように。
公然であればこそ失念していたその事実に皆、言葉を失う。
「この子が一体どなたの子なのか、どうしてアーチ様がお連れになりエット様が逃がそうとなさったのか私には一切のことが分からなかったのでございます。それでもこの子を親元へ帰さなければと必死に字を覚え公国の新聞を集め……全てを知ったときには9年ほど月日が流れておりました」
「ならその時にでも……」
どれだけ時が経っても構わなかった。
生きているとさえ知れたらそれだけで……。
この二十年を考えれば九年なんてあっという間だったと、事情は理解できても納得は出来ないアントに、躊躇うように黙ったメアリーにマーガレットが、いやデイジアが代わりに口を開く。
「母さん、いいよ私が言うから……母さんは悪くありません。私が……私が帰らないと言ったんです」
背筋を伸ばし、真っ直ぐ皆を見つめるデイジアの告げた言葉に衝撃を受けたように……皆は訪れた静寂に自身の呼吸さえ止まったかのようなそんな錯覚を起こす。