ゲストルームでの殺人①
「ばっ、馬鹿なことを言わないでくれクリスティー!」
クリスティアの衝撃の告白に驚愕し、いち早く正気を取り戻し叫んだハリーの声にユーリはハッと強張り張り詰めた体の緊張を解き茫然としていた意識を現実へと戻す。
なにが起きたのか。
それに起きているのか。
激しく脈打つ心臓は脳に血液を送り込みこの状況を理解させようとしてくるが、その脈は頭痛のように頭を揺らすばかりで眼前に広がる惨状を全く理解出来ずに目を逸らし、床に広がる血液を踏まないよう注意をしながら真っ青になっているだろう顔でユーリはクリスティアに近寄る。
「亡くなっているのか?」
「えぇ、殿下」
「確実だと言えるんだな?」
「ご覧の通り紛れもなく」
「ならばクリスティア、なにが起きたのかきちんと私に説明してくれ」
冗談であればどれだけ良かったことか!
ようやく入り口に置き去りにしていた思考がユーリへと追いついてきたので、一つ深呼吸をして動揺を悟られぬよう感情を抑えた酷く低い声でズボンに仕舞っていたハンカチを取りだし広げたユーリはクリスティアが持つ刃渡りが三十㎝ほどの短剣をハンカチに包むようにして受け取り机の上へと置く。
現実に立ち返れば噎せ返る血の匂いに気付き気分が悪くなる。
こちらを見ている気のする令嬢の遺体を見ないようユーリはクリスティアと視線を合わせ、その腕を掴むとハリーの居る入り口近くへと引っ張り歩く。
入り口近くではソファーが死角になり遺体を見なくて済むのだ。
「さぁ……わたくしにもよく分かりませんの。夜会の最中に酷い睡魔に襲われまして……馬車でのこともありましたし思いの外、神経をすり減らして疲れていたのかもしれないとこちらで休憩をしておりましたのですけれど気付いたらすっかり寝入ってしまったらしく。先程、殿下の声で目を覚ましましたら短剣を片手にご覧のような有り様ですわ」
「そんな馬鹿な!」
ユーリの問いに困ったという風に語るクリスティア。
とどのつまり何が起きて死体と同じ部屋に居ることとなったのかさっぱり分からないのだ。
ロレンス卿の事件で目には見えないショックを受けていたのかもしれないと伏し目がちに儚げな表情をしてみせるクリスティアに、ハリーが信じられないというように否定を込めて頭を左右に思いっきり振る。
「君がそれくらいのことで神経を参らすなんてこと一切ないだろう!?そんな、そんな常人のようなことになるはずがない!」
「ハリーはわたくしを非情だと思っているのかしら?」
いやそこは非情でもあり無情だと思っているのだろう。
殺人犯人と同じ馬車に乗ってきて神経をすり減らすなんてそれは常人に起こりうることであって、ことクリスティアに至ってはそんなことは絶対起こらないと断言するハリー。
大体普通の神経ならばまず殺人犯人を同じ馬車には乗せない、血塗れのロレンス卿を見た時点ですぐに見回りの騎士を呼ぶものだ。
ハリーに失礼なことを言っている自覚は全くなく、クリスティア・ランポールという人物であるならばそれくらいのことでショックなど受けないことが当然であると知っているので見えすいた嘘は止めるんだと力強く訴える。
実際、己の神経は一つも参っていない自覚がクリスティアにもあるのでハリーの言っていることをそこまで失礼だとは思わずむしろ事実に違いないとその反論に自身も納得する。
死体を前にしても常と変わらず冷静なクリスティアに神経衰弱とは笑わせる。
笑わせるが、この状況でクリスティアの神経衰弱を否定するのは不都合でしかない。