そして二人は一人になった①
「私達の母は元々体が強くなく、私達を産んでそのまますぐに亡くなったと聞いております。早産で産まれた私達は体も小さく、医者には二人とも生きられるかどうか分からないと宣告されたそうです。大切なストロング家の跡取り、どちらが生きるかなんて分からない状況、しかしこの国には双子が産まれたときには生け贄として捧げなければならない掟がある……父は苦悩した末に決断したのです。アーチとエットと名付けられた私達が双子であることを隠すことを……」
四十年前、このディオスクーロイ公国にはまだ生け贄の風習が残っていた。
双子の片割れを神へと捧げる儀式。
この国を治める者として一番に身を裂かねばならぬ儀式。
だが双子の子がどちらも生き残れるか分からない状況で、先の君主は産まれた子が双子であることを隠すというあるまじき選択をしたのだ。
民には犠牲を強いておきながら自分の子を守るために。
「幸いに私達は病気もなく大きくなりました。そして使用人が居る所に一人が出るときはもう一人は地下の部屋に隠れる、使用人には自分の名をアチェットと名乗ると父と約束させられ、それを忠実に守っていました。幼かった私達はそれを不思議と思わなかったですし不便ではなかったのです。ですが父はそのことに酷く負い目を感じていたのでしょう……ある年、城を改修して赤の間を兄のアーチに、青の間を私に与えました」
左右で同じ造りの城は一つの城でありながら二つの城であるかのように改修され、隠された双子は自由に地上と地下の行き来が出来るようになった。
そうなったからといって二人の関係が離れたりすることはなかった。
会いたいときは秘密の通路を使いこっそりと会いに行っていたし、双子で通じるものがあったお陰かどちらかが会いたいと思い地下へと行けばもう一人も必ずそこに居たからだ。
「全て上手くいっていたのです。いえ……そう思っていたのは私だけだったのでしょう。二十五年前に父が亡くなってから全てが変わったてしまったのです」
先代のストロング公が亡くなって双子の真実を守る者が城の中に居なくなったとき……その運命は狂い始めた。
「兄は私に青の間にも行かず極力地下の部屋からは出ないようにと言い出しました、最初は父が死んだことで色々と変わることもあるだろうからと納得していたのです。ですが心の中には不安があったのかもしれません……いつまでもこんな生活は続けることは出来ない、双子でありながら双子であることを許されない私達の真実はいつか誰かに知られ裁かれることになるだろうと父が死んだとき、その気持ちは不安となって私とアーチを蝕んでいました。そしてあの日、二十年前のあの日……アーチの不安は最悪の形で現れてしまったのです」
顔を手で覆い過去の記憶を思い出し震えるエットという名の双子の片割れ。
その瞳にはあの悲劇の日の光景がまざまざと思い浮かんでいた。
「あの日、あの祭りの日、私は地下の部屋でいつもの通り書類整理をしていました。その頃の私の仕事は兄の代わりに書類整理を行うことでしたから……そんな私の元に兄が突然現れたのです。社交の場である祭りの日に兄が地下に降りてくることはありません。酷く酔った調子で扉を開けろと叫んでいたので私は訝しみながらも慌てて扉を開くと……その手には血塗れの幼い少女を抱えていました……」
「あぁ!デイジア!」
「私は……私はすぐにこの子を両親の元へと帰すようにと訴えました!怪我をしているのだから治療をしなければと!ですが兄はこの子は私達の秘密を知っている、生かしておけば恐ろしいことになるのだから私達の代わりに生け贄にするんだと!そうすればきっと皆も許してくれるだろうと!」
ヘレナの悲痛な泣き声が上がり、ルドルは拳を握り歯を噛み締める。
デイジアはアーチに言ったのだ、わたしの双子の黄色いクマちゃんと同じであなたも妹を守っているのね!っとエットの存在に気付き無邪気に、笑いながら……。
恐らく聡明なデイジアは気付いてしまったのだろう、一人が二人であることを。
物心ついた頃には自分達がどうして隠されなければならないのかアーチもエットも理解していた。
どちらかが死すべき運命だったのだと。
父が罪を償うようにラビュリントス王国と交流を持ち、生け贄の風習を廃止にしたとしても自分達の代わりに捧げられた双子が居るという罪悪感は何処までも二人の心に付きまとい、本当は生きていてはいけなかったのだという呪いとなって心を暗く蝕んでいた。
「私は優しく聡明だった兄が変わってしまったことをそこで漸く気付いたのです。あの子供達は私だったのです、殺され谷に捨てられるはずだった私達だったのです!だからこそ儀式を続けると言い出すであろう兄を止めるには……!いや、本当に申し訳ない!私が不甲斐ないばかりにこんなことに……!」
エットはアーチが変わっていたことに気付いていながら気付かないふりをしていたのかもしれない。
地下から出るなと追いやられたとき、書類整理で気付いた不透明なお金の流れ……お前の手でデイジアを殺せと言われたとき……幾らでも気付くべき、きっかけがあったというのに。
一年前のあの日まで見ないふりをしてしまった愚かな自分がこの悲劇を生んでしまったのだとエットは跪いたその身を罰するように蹲る。