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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
双子祭りの生け贄
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悲劇の始まり

「……なにもかもご存じなのね」

「えぇ、皆様が知らない真実ですらわたくしは存じております。さぞ恐れたことでしょう……皆様の手で殺すと決めた公が誰かの手によって先に殺されているのです。それが誰かは分からない。けれども皆様の中に居ることだけは分かっていた。そしてその誰かの罪を隠す方法も皆様は十分に理解していた。予め公の殺害計画を立てていたからこそ、互いのアリバイの証言が出来たのですね」


 そう誰もが皆、犯人がこの少女だとは思わなかったのだ。

 確実に恨み、憎しみ、悔しんで殺害計画を立てていた者達の中に殺人犯人は居るのだと思っていた。


 息を吐き背もたれに身を預けたリンダが諦めたように口を開く。

 どのような言い訳も、もう無駄なのだとそう理解して。


「そうです、わたくし達は皆デイジアのために集まったのです」


 天井を見つめたリンダの声は落ち着き、神に罪を告白をする告解者のように膝に置いた両手を祈るように握る。

 その姿はこの復讐を遂げられなかったことをデイジアに懺悔するかのよう……。


「可愛いデイジア」


 そしてその懺悔に、皆が追随する。


 震える声を上げて瞳を潤ませるヘレナ。

 どうしてあの日、あの幼い手を離してしまったのか……。

 あの日からその心にはデイジアへの愛しい想いでずっと傷付き痛みを抱え続けている。


「あの子はただ純粋だった」


 そんなヘレナの肩を抱いてルドルは悔しそうに眉を寄せる。

 目を離さずにずっとあの子の側に居れば……。

 そうすれば彼女もこれほどまでに苦しまなかったはずなのに……。

 囚われている後悔はこの先も永遠に続くのだと歯を噛み締める。


「あの日、あの子は行きたくないってぐずってたんだ……なのに俺が行けばお菓子が沢山あるから俺の分までお土産を持って帰ってくれって……」


 何度でも後悔した。

 最後に見たデイジアの不安そうにしながらも使命感に溢れた笑顔をアントは忘れたことなど一度も無かった。

 無かったからこそ、お酒に頼り眠れぬ日々を誤魔化してきた。


「私は全てを無くしていたところをバート夫妻に拾われました……そんなご夫婦の宝物を……!」


 自身の家族を亡くし一度死んだこの身を救ってくれた主へと残りの全ての時間を捧げた老齢の身には眩いほどの穏やかで暖かな幸せは……二度目の家族を失ったあの日から苦しみと悲しみに彩られたまま。

 真実デイジアを探すために主の元から覚悟を持って離れたスターマンは俯き震える手をキツく握り締める。


 アチェットの遺体を見付けたときに震えていたのは怯えからではない。

 自分がその命を奪えなかったことへの悔しさが溢れ出ていたのだ。


「お嬢様は本当に……お可愛く優秀で……天使でございました」


 自分だけ最初から無実が証明されていたことで強張っていた体の力を抜いて穏やかな顔でレータは自身の罪を告白する。

 そして、いまだ庇おうとしてその身を差し出そうとするアントの視線へと向かって手を差し伸べると……握られたその手を強く握り返す。

 その手の優しさの中にデイジアの無邪気な笑顔を思い出しながら。


「俺達のような荒くれの騎士にもいつも笑顔で稽古場に来てな、危ないって言っても聞きやしねぇで……お菓子を持ってきちゃ一緒に食べようってせがんで……一緒に作ったクッキーが美味しかったからまた食べたいって……」


 だから騎士ではなくコックだとルミットは肩をすくませて、こんな無骨な手を握ってきた小さな柔らかい掌を思い出し瞳を潤ませる。

 守るべき者がなくなってしまった剣は錆び付いたままあの日からずっと捨て置かれている。


「何度でも思い出します、最初の子を亡くし打ちひしがれるわたくしの手を幼い手でギュッと握っていたことを。救われたことを……恐れ多くもわたくしのことを第二のお母様だとおっしゃって……」


 言葉を詰まらせたミシェルの手に少し冷たい手が重なる。

 視線を下へと向ければ幼い少女が……真ん丸の橙色の瞳を細めて思い出の中で笑んでいる。


「私、お姉様を亡くして寂しかったことは一度もございません……一度もないのです。でもそれが悲しいのです」


 ミシェルの手を握り皆の優しさを思う。

 誰もエナにその悲しみを見せなかった。

 愛情を注いでくれた。

 けれどもそれは隠されているだけなのだと知っていた……。


 一人の悲劇によって堅牢なゆりかごの中で守り続けられていた少女は知らないフリをしてきたその苦しみと悲しみを漸く表に出すことが出来る。

 知るはずだった暖かさがこの手にはあったはずなのだと悲しみ……そして苦しみながら。


「どうぞ、真実を……私達が……私が知ってしまった真実をどうぞお聞き下さい」


 もう隠すつもりはない。


 あの罪深き身にナイフを突き立てられないのならばこの想いの刃を、あの俯き怯える男へと突き刺すべきなのだ。

 ヘレナはこの20年、忘れようと努力していたことを思い出すように瞼を閉じる。


 それは20年前……。


 この雪深いディオスクーロイ公国で起きた始まりの悲劇だった。

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