これは違う物語だった②
「ではレータ、あなたの場合はアント様がわたくし達がレータ居たというだけであっさりとその主張をお引きになられたことがきっかけでした。わたくしねそのときに思ったのです、アント様はレータをとても信用しているのだなっと。そしてレータ、あなたはアント様を既婚者ではないとそして紳士であるとよくご存じのように庇っておいででした」
「わ、私はただそう思っただけで……」
「レータ。デイジア様の年齢は三歳でした。貴族の令嬢ならば礼儀作法を学び始める年齢でしたでしょう。あなたは彼女のことを勉学にも良く励んでいたとおっしゃっていました。社交に赴く年頃ではない年齢の子のことを知るにはその子のことを近くで見ていないかぎりは知り得ないことです。それにあなたは時々スターマンを敬称で呼び忘れています。一介のメイドが上位の執事頭を敬称で呼び忘れることはありません。あなたも何処かの品位有る貴族のご令嬢なのでしょう。わたくしねずっと思っていたの、あなたの所作はとても美しいと」
「……恐縮でございます。両親を早くに亡し爵位すら売るしかなかったところをアーデン家の皆様に拾っていただいた取るに足らない娘でございます」
クリスティアに反論することは無駄だと悟ったのかレータは覚悟をしたように背筋を伸ばすと軽く頭を下げる。
そして一心に自分を見つめるアントの視線へと困ったように眉尻を下げた笑みを向ける。
「ミシェル、あなたは青の間そして赤の間のことをよく存じているみたいね?ジョーズ卿に城の案内をしたのも他の騎士ではなくあなただとか」
クリスティアの矛先が自分へと向いたことにミシェルの肩がビクリと跳ねる。
だがその切っ先を受けるわけにはいかないと、ミシェルはクリスティアを挑むように見つめ返す。
「使用人ですので……城のことはなんでも把握するのが仕事でございます」
「でもおかしいわ、公はおっしゃっていたもの。青の間の使用人が赤の間へと立ち入ることは絶対にないと。それは双子を雇わないほど徹底している掟であると。一介のメイドであるあなたがそれを破り赤の間のことまで知ることはすなわち、解雇を意味することだと思うのだけれども……」
「そ、それは……使用人には使用人のルールがあるのです。それは君主様すら知らないことです。祭りのときは人員を減らされ足りないこともあるのです」
「まぁ、そうね。そうかもしれないわ。ではそうね、あなたのポネットに対する気遣いはどうかしら?新人を可愛がるにしては度が過ぎているというか……まるで娘のようでしたわ。あぁ、そうだわ。赤のサロンにあったアーデン夫妻の写真に写るヘレナ夫人は少しお腹がふくよかでしたからデイジア様には妹が居たのでしょう、でしたら乳母が必要となるはずです。ポネット……いいえ、あなたの本当のお名前をお聞きしても?」
「なにを!!」
その矛先が突如としてミシェルの隣に居たポネットへと向かう、それにミシェルが非難めいた声を上げ自身の背へとポネットを隠す。
だがそんなミシェルの肩に触れ、頭を左右に振ったポネットはその身を隠さずにミシェルの隣に立つと静かに口を開く。
「……エナ。エナ・アーデンと申します」
「お嬢様!」
「いいのよミシェル、全てお分かりだわ……どうぞミシェルを責めないでください私達のことを我が子同然に愛してくれているのです」
「まぁそんな……愛情深い彼女を責めたりなんていたしませんわ。ところでポネットというのは偽名になるのかしら?」
「いいえ、実際にここで働いている子の名を借りたのです。どうぞご安心なさって本物のポネットは今、ラビュリントス王国でバカンス中ですから。ミシェルの娘と一緒ですから証人もおります。本当に残念だわ……私、犯人役だったのに」
清廉に自身の存在を認め、泣き出しそうなミシェルの手を握り悪戯っ子のように笑むポネット……いや、エナ・アーデン。
恐らく事件が起きたと同時に消える犯人役だったのだろう、謎の侵入者があったということは警察組織ではない警邏隊からすれば見易い犯人像となったはず……。
エナは残念そうに、だが安心したように肩を落とす。
「ルミット、あなたは騎士なのでしょう。その手は料理人の手ではございません。剣を持つ誇り高き騎士の手ですわ……良い剣士は見ただけですぐに分かるものです。デイジア様の護衛をされていたのでしょう」
「はは……剣はあの日以来握ってないんだけどな、そうか……騎士の手か……」
随分と長いこと、自分自身ですらそうであることをルミットは忘れていたというのに……。
自身の無骨な手を見つめ、この手で守れたものよりも守れなかったもののほうが多いというのにこの手はまだ騎士なのだと、クリスティアに言われてルミットは眉を顰め苦笑う。
「そしてリンダ夫人……あなたのような慈悲深く聡明な祖母を持ったことはデイジア様にとって誇りであり……この場に居る皆にとっては大変心強かったことでしょう。あなたが居なければきっと感情を昂らせた紳士達にわたくしもっと詰め寄られていたかもしれません。時に感情は理性を失わせますものね、大切な者を守ろうとするときは特に……」
しんっと静まり返った緊張感の広がる室内で全ての人物達がデイジアという少女に繋がるのだと理解し、ユーリもエルもアリアドネも……誰からの口からももうどんな言葉も紡がれることはない。
始めにクリスティアはこの殺人事件をそして誰もいなくなったのような舞台だと言っていた。
だがそれは全く違っていたのだ。