これは違う物語だった①
「まず、花火が上がる前からわたくしは皆様の行動を一人一人監視しておりました。それは花火が上がったタイミングで公には死んでいただこうと思っておりましたので、その間の皆様のアリバイ確認が必要だったからです」
「何故花火のタイミングなんだ?」
「花火という分かりやすいタイミングであればわたくしも皆様の行動を監視しやすいですし、時間というものは人によって酷く曖昧なものですからそれ以外のきっかけがあれば皆様も自身のアリバイを覚えておきやすいと思ったからですわ殿下」
「確かに……」
匂いがきっかけで昔の出来事を思い出すように……花火の音で自身がなにをしていたかのアリバイを覚えておきやすくまた思い出しやすくなるだろう。
「手紙にあった公を殺そうとする殺人犯人はさぞ驚いたことでしょう。自身が殺すはずだった公が何者かによって殺されたのです。わざわざ祭りの日を狙って一国の主を殺したいと思うほどの激情です、それを幸運とは思わなかったはず。そして焦りもしたでしょう。わたくしは一年前のヘレナ夫人の事件を知っておりました、なのでこの中で公を殺すかもしれない第一の容疑者はヘレナ夫人であるとも思っていたのです。そしてそのヘレナ夫人にアリバイがなければ……ルドル様が夫人を庇って嘘の証言をなさるだろうと期待をしていたのです。そうなればわたくしの推理に間違えはないということですから。とはいえ証拠がないのに犯人を特定するのは愚かなことですから、一応皆様の真実のアリバイをルーシーと共に確認をしていたら戻るのが遅れてしまったというわけです。レータがわたくしのことを思い出してくれて本当に良かったわ。一度、追い詰められる犯人の気持ちというものを味わいたかったの」
「……………」
クリスティアが疑いを持った一年前の事件とは……。
この場にいるディオスクーロイの者達は心当たりがあるのだろう一様に皆、追い詰められたような表情を浮かべている。
そんな皆の様子を見回し、和ませようとでもしたのかあの些細な出来事を良く覚えていてくれたと称賛するようにクリスティアはレータを見て笑む。
とはいえレータが思い出したきっかけはクリスティアなので、その証言すらおそらくはクリスティアの手の内だったのだ。
「アリバイに関して嘘を言う者が現れればその者が公を事実、殺そうとする殺人犯人の可能性が高いであろう……そう思って皆のアリバイをお聞きしたのですが予想外の事態が起きました、嘘を吐いたのはルドル様ではなかったのです。スターマンと共に居たと証言なさったアント様、まずはあなたでしたわ」
スターマンが一人で居たという自身の真実を言うべきか戸惑っていたときにアントがその戸惑いを遮るように声を上げたのだ。
「嘘をついた者が犯人ならばアント様が公を殺すつもりだった?大切な商売の相手を?しかもその証言は乱暴に見えてスターマンを庇っているかのよう。ですがアント様、あなたが嘘を吐くならばアーデンご夫妻のどちらかであるべきなのです。ご家族なのですから。なのにあなたはスターマンを共犯者とした。わたくし思いましたわ、何故スターマンなのかしら?と」
この城の執事に何故白羽の矢を立てたのか……。
主に忠誠心を誓う使用人ならばその嘘はリスクでしかない。
クリスティアは赤の遊戯室にあるアントのジャケットを見てからアントがスターマンを互いのアリバイの証人にしたことをずっと不審に思っていた。
「スターマンはこの城の執事です、アーデン家との接点はないはず。いいえ、もし接点があったのならば?スターマンは約二十年前にこちらへと出仕したとレータからお聞きしました。その二十年前とは……デイジア・アーデンの事件が起きてからだったとしたら。スターマン、あなたはこちらに来る前までどちらで働いていたのかしら?」
「………………」
「沈黙は肯定と受け取ります。明確な証拠が必要ならば、アーデンご夫妻の部屋にあった写真にあなたのお姿が写っておりましたわ」
「そ、そんなはずは……!」
「そんなはずは?」
慌てて否定しようとしたスターマンはニッコリ笑んだクリスティアの表情を見てハッとして瞼を見開く。
騙されたのだ。
写真にはスターマンの姿など写っていなかったのだ……いや、写っていたとしても遠目で分からなかったはず。
この少女は写っていたと言ってスターマンが口を滑らすのを期待したのだ。
「忠義に厚い執事は誘拐事件があってすぐにこちらへと出仕されたのでしょう。居なくなったデイジア様を探すために……」
まんまとその計略に乗ってしまった義理堅い執事はこれ以上の失態がないようにと警戒し、俯き黙る。