冬を告げた手紙②
「公には誰かが自分を殺そうとするほどの恨みを買った覚えがあるんですかね?」
「………………」
「デイジア・アーデン」
俯き、沈黙を貫くアチェットの代わりにクリスティアが告げた名前。
その思いもしなかった名前を口に出されて……アントの眉がピクリっと動く。
「皆様、よくご存じでしょう。このディオスクーロイ城で消えたアーデンご夫妻の娘であり、アント様。あなたの姪御様のお名前を……」
「なにを……!」
クリスティアに突き付けられた言葉に、アントが絶句する。
その瞳は何故知っているのかと驚愕し、限界まで見開かれている。
「遊戯室のあなたのジャケットに幼い子を抱いた写真がございました。歳は違いましたけれどもアーデンご夫妻の部屋の写真の子と良く似ておいででした」
「似た子なだけだ!あの子は違う!俺は知らない!」
「いいえ、アント様。わたくし赤の遊戯室であなたのジャケットが何故か気になったのです。えぇ、とても気になったのです。では何故気になったのか……それは裏地にルドル様と同じ家紋の刺繍が小さく縫われていたからに他なりません。ルドル様のその肩にございます盾を打ち破る剣、アーデン家の家紋。もし確認が必要でしたらルーシーにジャケットを取ってこさせますけれども、どうなさいますか?」
確信を持って告げるクリスティアにアントは口を噤む。
この沈黙はクリスティアの言うことが肯定であることを示している、反論しなければと思ってはいても口を開くことが出来ないアントの代わりにルドルが口を開く。
「確かにフォスカーは縁あって私の義弟になったが……今は自身で爵位を賜ったのでアーデン家からは離籍となっている。だがそれがなんだというんだ。娘のことを持ち出すなんて……甚だ不愉快だ」
「その離籍がいつか訪れるかもしれないこの日のための布石でないとどうして言えるのでしょう?ルドル様、いいえ皆様。これから起きるであったであろう事件は、幼いデイジアがこの地で行方不明となったことが始まりです。そこから起きた悲劇が今も尚、続いているのです……そうですわねヘレナ様?」
突然名を呼ばれたヘレナはビクリっと肩を震わせる。
「どうぞ真実を……この雪深いディオスクーロイに埋もれてしまった真実を今、つまびらかにするべきなのです……悲劇は繰り返されるべきではありません。真実はきっと残酷でありながらも未来へと進むべき指針となるはずです」
「未来とは!真実とは……!あなたは一体なにをご存じなのですか!」
真実を話せば全てが変わるのだと言わんばかりのクリスティアの口上はヘレナの知られてはならないという焦りと未来などそんなものはもうありはしないという憤りを誘う。
その憐れな叫びはクリスティアに、この苦しみも、悲しみも、寂しさもなにも知らないだろうと……。
誰も知らない、知るはずがないと、変わるはずのない悔しみを訴えている。
「全てです、わたくしは全て存じ上げております。あなたが犯した罪も、そしてこれから犯すであろう皆の罪も全て知っているのです……皆を巻き込むことはあなたの真意ですか?」
「わ、私は……!」
絶望するヘレナの言葉は続かず、沈黙が辺りを支配する。
もう、駄目なのだ。
全て終わってしまったのだ。
こんな結末が訪れるなんて想像だにしていなかった。
あの少女さえいなければ……。
今日で全て終わらせるつもりだったヘレナは体をわなわなと震わせてただただアチェットを睨みつける。
「皆、落ち着きましょう。そう、落ち着くべきだわ。ねぇ、お嬢さん。あなたは一体なにを知っているのかしら……どうぞ、他でもない私のために、無知なる私のために……どのような罪が今、この場にあるのか教えて下さるかしら?」
リンダの落ち着いているようだが無念に震える心を必死に隠す、そんな気丈だが覚悟を決めた眼差しを見つめてクリスティアは強く頷く。
この罪を罪としないために……全て詳らかにするために。