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公爵令嬢はミステリーがお好き  作者: 古城家康
双子祭りの生け贄
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探偵アリアドネ・フォレスト⑤

「ですが皆様だって嘘をおっしゃったでしょう?スターマンが赤の遊戯室に?ミシェルが赤の客室に?アーデンご夫妻が赤のサロンにだなんて……まぁまぁまぁ、可笑しなこと。全部全部嘘ではございませんか」


 一人一人の顔を見つめてその謀りを全て知っているのだと心の奥の奥の底、誰にも知られたくない醜悪なる想いまで全て知っているのだと、暴き立てるかのようにクリスティアは三日月になって笑んでいた緋色の瞳を丸く見開く。


 その瞳の内にやましさのある自身の表情を見た者達は皆、言葉を無くし黙り込む。


「わたくしね、レータと別れてからすぐに化粧室から出て皆様の動向を窺っておりましたの。花火のときにスターマンは一階の玄関の間で公の肖像画を見つめ、アント様は赤の遊戯室でなにかをお忘れになるようにお酒を飲んでおられました。リンダ夫人は赤の客室で物思いに耽りながら冷めていく紅茶を眺め、ポネットはサービスワゴンを持ったまま二階の廊下で花火の音を聞いていたわ。ミシェルは一階の廊下でそんなポネットが降りて来るのを不安そうに待ち、ルミットはずっと厨房で短剣の刃を研いでいました。ルドル様は赤のサロンのベッドの上で持ち上げた写真に向かって謝っておいででした、そしてヘレナ様は一階の化粧室で鏡に映る自分の顔を強い覚悟を持って見つめておりましたわ……そうでしょう?」


 全て把握しているのだと……皆が証言したのは偽りの居場所であって、クリスティアは事実に居た皆の場所を正確に言い当てているのだと。

 誰も否定しない状況に察せられる。


 彼女は一体なにを知っているのだろうか。

 なにを見たのだろうか……。

 分からない。

 分からないが……彼女が見ているものは全ての真実なのだと皆が震え、怯える心が告げている。


「何故そんな……!」


 皆の行動を調べるような真似をしたのか!

 だってそのときには()()()()()()()()()()()はずだというのに……!


 今にも消え入りそうな声を愕然とした様子で上げたヘレナがクリスティアを縋るように見つめる。


「えぇ、えぇ、白状いたしましょう。わたくしがアチェット・ストロング公を殺害いたしました」

「……っ!」


 そのヘレナの何故に答えるように鈴のような可憐な声音でそう告げたクリスティアのその真実に、蚊帳の外にでも追い出されたかのようなユーリもエルもアリアドネも呼吸が止まったかのように言葉を無くす。


「一体どうして……」


 アリアドネが喉に張り付く言葉をか細い声で吐き出し、止まりそうだった呼吸をなんとか再開させる。


 訳が分からない。


 何故、クリスティアはアチェット・ストロングを殺したのだろうか。


 何故、殺したというのに推理勝負なんて了承したのか。


 自分が殺人犯人だとバレるだなんて思ってもいなかったのか、この勝負の行方は一体どうなってしまうのか、なにもかも全て分からないとアリアドネは混乱してゆらゆらと水の中をたゆたう思考に気分が悪くなる。


 クリスティアは……本当はあの残虐なるゲームの悪役令嬢だったのだろうか?


 これは、この話は一体なんのシナリオなのだろう?


「どうして?いいえ。それはわたくしに問うべきことではございません。それにわたくしが殺すべき理由はないのです」

「だってそんなのは……!」


 有り得ない、理由シナリオが無いのに殺しただなんて。


 一国の主を殺しておいて理由がないでは筋が通らない。

 ゲームの残虐非道なクリスティアだって人を馬鹿にしたようなしゃべり方が気に入らないだとか着ている服が自身と同じデザインだったとか……相手を破滅させるには細やかながらにも理由があったというのに……。


 なにも無いだなんてそんなはずはないと、既に前世のゲーム知識なんてものに意味が無いことはアントが犯人では無いことで分かってはいるものの、アリアドネが捨てきれずにシナリオと同じ理由を探してしまうのはゲームのヒロインとしてアリアド(文代)ネはそれしか持っていないからだ。


 この知識さえ捨ててしまうとなにも残らない、アリアドネはこの世界のヒロインではなくなってしまうことが怖いのだ。


(シナリオがないなら私は!私は一体なんのために……!)


 そう、たゆたっていた思考が止まる。

 私は今、なにを考えていたのだろうか?

 私は、この世界のなんなのだろうか?


 私は、一体……どうやって死んだのだっけ?


「……どうぞ、お入りになられて」


 クリスティアの穏やかな声でアリアドネの意識がハッとし、たゆたっていた水面から助け出され目の前の事件に戻る。


 クリスティアはその身を横へと向けて入り口の扉を掌で示している。

 そこにはいつの間に移動したのか部屋の片隅で皆を監視するように立っていたはずのルーシーが立ち、取っ手を握るとゆっくりとその扉を開く。


「わたくしの罪はそうですわねアチェット・ストロング公の殺害ではございません。アチェット・ストロング公の殺害を偽装したことですわ」


 ゆっくりと開かれたそこに立っているのは出て行ったはずのジョーズ……ではない。


 そこにはアチェット・ストロングが。


 あの悲惨なる遺体の主だったはずの人が……。


 悲痛なる表情を浮かべて立ち尽くしていて……。


 その生きているという衝撃なる事実は皆を混乱させ、動揺させる中で、アリアドネを酷く……酷く安堵させるのだった。

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