探偵アリアドネ・フォレスト④
「なにを、馬鹿なことを……」
「そうです、義姉さんが一体なんの理由があって公を殺すのですか」
ユーリがレータの反証に呆れ、エルが更に反論すれば、それを制すようにクリスティアが手を上げる。
「まぁ、それは少し戻るのが遅くなったのかもしれませんけれど……似た入り口だったから迷っていたところでたまたまポネットをお見かけしただけですわ、花火だってそう。そのときに見かけたのであって……話が飛躍しておりませんこと?」
「ですが!お嬢様は遊戯室でアント様の残されていたジャケットをお触りになられておりました!ラペルピンを抜き取ることが出来ましたし、私はお嬢様があの秘密の通路でポケットからなにかを取り出してお捨てになるところを見ております!」
「本当に?」
「えっ……」
「あの暗がりの中で本当にわたくしが何かを捨てるところを見たの?レータは本当に、そのような姿が見えたのかしら?」
「わ、私は……!」
「あ、あの……」
食ってかかるレータの勢いに何故か嬉しそうに微笑みを浮かべるクリスティア。
その必死さを見つめる三日月型の緋色の瞳の問いに、レータは確信がなくて言い淀む。
言葉を失くした時点で、その目撃に信憑性は無くなる。
だがそんな二人のやり取りに今度はミシェルが声を上げる。
「ポネットが君主様の部屋を辞したときどうしてお嬢様は君主様が生きているとご存じだったのですか?たまたまポネットの姿を見たとしても君主様が生きていることを知るにはお姿を直接見るか、扉に耳でも付けて中の音を聞かなければお分かりになられないと思うのですが……」
ゴクリっと誰かが喉を鳴らす音が聞こえる。
それは緊張からくる乾きなのか恐怖からくる渇きなのか……。
漂う緊迫感にしかし今、責められているクリスティアはなにも言葉を発さず変わらない余裕の微笑みを口元に携えている。
「あの……一つ、私の気のせいかと思ったのでございますが……君主様の遺体があった部屋に置かれていた鍵なのですが、あれは君主様がお持ちになっている鍵では無かったように思うのです」
スターマンが自信なさげにおずおずと告げる。
「鍵なんてそんなもの……遠目から見ただけなのだから違いなんて分からないだろう」
「ですが君主様がお持ちの鍵は特殊でして、他とは形が違いますので遠目からでも分かるかと……」
「でしたら本当に違う鍵なのかどうかを執務室に行って確認したらどうかしら?違ったのならば身体検査をすれば良いのではなくて?私達の身体検査も同時にすれば余計な疑惑を払拭出来るというものよ」
ユーリが庇えば庇うほどクリスティアへの疑いの眼差しが深くなる。
部屋を勝手に見られた意趣返しのように追随するリンダの提案に、こうなってはどうしようもないと自らの潔白の説明をユーリはクリスティアに求める。
「クリスティア、黙っていないで説明をしてくれ!」
「……ふふっ、あははははっ!」
ユーリが少し苛立ったように黙ったまま状況を静観していたクリスティアに向かって叫べば、堪えきれなといった様子で唇を隠すように両手を当てたクリスティアが肩を震わせ笑い出す。
なにがそんなに可笑しいのか。
幼い子供が大人の気を引く悪戯をして笑うようなそんな無邪気な声音に、ディオスクーロイの者達が気味の悪さを感じその表情に一様に嫌悪感を浮かべていれば……クリスティアはポケットに手を入れるとそこからなにかを取り出し机へと放り投げる。
カランと音を立てて転がったそれは持ち手が鳥の頭、挿し手が羽の形をした赤く珍しい形の鍵だ。
「鍵、鍵、鍵、鍵っと馬鹿みたいに……そんなに鍵が欲しいのでしたら差し上げますわ」
「なにっ……!」
「いやですわ皆様。そんなに怖い顔をなさらないで、わたくしそんなに酷いことはしておりませんもの」
「な、なにが可笑しい!貴様気でも狂ってるのか!」
机の上に転がされた鍵を見つめ、ルドルが叫び驚きと怒りとで拳を握り締め震わせるとクリスティアのその皆を見下したようなニヤけた表情を非難する。
この少女は今、なにも悪びれもせず人を殺したと白状したのだ。
愕然として言葉を無くすユーリとエル。
そしてアリアドネは……あの悲惨なるゲームの内容を思い出して、血飛沫を浴び嬉々として高笑うクリスティアのバッドエンディングスチルを思い出し後退る。