探偵アリアドネ・フォレスト③
「なんでそんな物が……?」
突き出されたそれを見てアントが驚き瞼を見開く。
それはヘリオス商会の社章。
クリスティアに渡した名刺にも書かれていた太陽のマーク、アントがジャケットの襟にいつも付けていたラペルピンではないか。
どうしてそれがアリアドネの手の中にあるのか……。
「馬鹿馬鹿しい。あんたが俺のジャケットから抜き取ったんじゃないのか?」
「私はあなたのジャケットには触れてませんし、どうしてそうする必要があるんですか?今日初めて会ったあなたのこれを抜き取る理由……そんなものはないですよね?」
確かにそうだ、初対面のアリアドネにアントを貶める理由はない。
この期に及んで罪を認めない白々しく眉根を寄せるアントにアリアドネは既に勝ち誇った気持ちで言葉を続ける。
「赤の遊戯室にも隠し扉がありました。そしてその階段を真っ直ぐ上へと進めば……」
勿体ぶるように言葉を伸ばすアリアドネにスターマンがハッとしたような顔をする。
「赤の遊戯室の上は……!」
「そうです、ストロング公が殺されていたあの赤の執務室になります」
一気にアントへと皆の視線が注がれる。
驚愕、不審、戸惑い、そんな表情を浮かべる一同にアントも眉根を顰めたままなにかを考えるように俯く。
「恐らく、スターマンさんをもう一度厨房へと向かわせ戻ってくる間に隠し通路から二階へと上がって誰に見られることもなく公を殺したんでしょう。そうですよねフォスカー・アントさん?」
「なにっ……!」
あなたが殺したのだと告げるアリアドネの確信した声音と眼差しに反論でもしようとしたのか、アントは唇を開いたもののだがすぐに思い留まったように閉じ薄く笑う。
「いや……で?俺が殺したんなら動機は?」
「えっ?」
「動機はなんだっていうんだ?分かってんだろ?」
まさか動機もないのに一国の主を殺すなんてそんなことはしないだろう。
この子娘にはどうせ分かるまいと高を括っているのか、アントはアリアドネを真っ直ぐ見つめる。
その視線を考えるために一瞬だけ逸らしたアリアドネは、確かペルセポネの実での動機はと考えながら言葉を口に出す。
「確か子供が殺されて……」
ダンッ!!
アントが机を叩きアリアドネの先に続きそうだった言葉を遮る。
その音にビクッと体が震わせたアリアドネは驚き逸らしていた視線をアントへと戻す。
「そこまでにしときなお嬢ちゃん」
今にも自分に襲い掛かりそうなほどの鋭い視線で睨みつけられてアリアドネが息を呑むように口を噤み、クリスティアの背中に隠れる。
どうやらシナリオに間違いはないようだと確信するアリアドネに、アントは諦めたように溜息を吐く。
「あぁ、そうだな……どうなろうと結局はこうなったのかもな」
誰に言うでもなく呟いたアントの言葉は静かに部屋へと広がる。
「そうだ、恨みっこはなしだぜ?俺が殺し……」
「お待ち下さい!」
なにかを言おうとして立ち上がったのはヘレナだったが、アントの声を遮って悲痛な声を上げたのは椅子に座るレータだった。
「お待ち下さい!そんなはず、そんなはずはないのです!なにかの誤解でございます!それに私、思い出したのです!」
震える両手でスカートを握り締めたレータは立ち上がり、怯えの含んだ眼差しで沈黙していたクリスティアを睨みつける。
「お嬢様!」
「えぇ、なにかしらレータ?」
「私はお嬢様を確か花火が始まる前に化粧室へとご案内させていただきました!」
「確かにそうね」
「そしてお一人で戻れるからと言い私を先にお帰しになりました!」
「そうだったかしら?」
「思い出したのです!お嬢様は花火が始まる前にお戻りになったとおっしゃっておりました、ですがお戻りになったのは花火が始まってしばらく経ってからでございます!化粧室から最初の花火の色は見えないはずなのにそれが緑色だと何故ご存じだったのですか!それにポネットが執務室から出たときにそのお姿を見たのならばその間は化粧室におられなかったということです!一体何処でなにをなさっておいでだったのですか!?」
それはレータの必死の反論だったのだろう。
何故レータがアントを庇うのかは分からないが、よりにもよって疑いを掛ける人物にクリスティアを選ぶとは……愚か以外のなにものでもないとその子羊のように震える姿をユーリもエルもアリアドネも、憐れみを持って見つめる。