探偵アリアドネ・フォレスト②
「えっと、ご紹介に与りましてアリアドネ・フォレストです。この度のこの不幸な殺人事件の謎を僭越ながら私が解決させていただこうと思っています」
「随分と頼りのなさそうな探偵ですけれど、本当に大丈夫なのかしら?」
「いいじゃねぇか、どうせ茶番だろうが……誰が犯人と名指しされても恨みっこなしだぜ?」
探偵役としては不慣れで辿々しいアリアドネにリンダが不審がり、アントが舞台を引っ掻き回すようにからかうような茶々を入れる。
それにムッと眉を寄せたアリアドネは怒りを押さえるように瞼を閉じ、そして目に物を見せてやるっとカッと見開く。
「まず、私達は皆様のアリバイ確認のために最後に居たと申告された部屋を一つ一つ確認させていただきました」
背筋を伸ばして堂々と。
犯人を追い詰めるときに自信がないように見せてはならないと前世の兄が言っていた言葉を思い出しながらアリアドネは震えるほどの緊張を悟られないように手に力を込めて握る。
「赤の客室、赤の遊戯室、そして赤のサロン……それぞれの部屋には一見して特に怪しいところはなく。公を殺した証拠などもございませんでした……ですがある部屋を確認していたところ私達は見付けてしまったのです」
「なにを見付けたっていうんだいお嬢ちゃん?」
勿体ぶった言い方がアントの癪に障ったのか小馬鹿にしたように鼻で笑う様子にアリアドネが頬に青筋を立てて、指を指し示す。
「アーデン夫妻がいらした部屋に隠し扉があることを!」
思いも寄らなかったのだろう。
完璧に観客として成り行きを見守っていたというのに、アリアドネに指を差されたことによって自分達がこの舞台に上がる俳優なのだと示されたルドルは怒りの表情をその顔に浮かべると勢いよく立ち上がる。
「なにを!私達はそんなものがあるとは知らなかった!」
「隠し……通路……!」
なにも知らなかったというのに扉があるだけで疑われるとは!
心外だと憤慨するルドルの隣で、ソファーに座ったままのヘレナは言葉もなく……ただなにか心当たりでもあるのか隠し通路があったということに茫然としている。
「ご存じであったかなかったは然程重要なことではありません。なぜならばその隠し扉の先にあった隠し通路には他の部屋にも繋がる隠し扉が数多くあったからです」
「紛らわしい!ならばこの中の誰もが殺人犯人になり得るということではないか!」
安堵したのかソファーへと座り直したルドルは隣のヘレナの手を強く握る。
「えぇ、そうです。その隠し通路の存在を知っていたのならば誰でも犯人になり得るのです。ですがそれが出来た人物はアリバイのことを考えれば絞り込めるかと思います。まずリンダ夫人ですがその隠し通路はリンダ夫人が居た赤の客室には通じておりませんでしたので除外します、一緒に居たミシェルにも無理でしょう。アーデン夫妻もポネットやルミットと一緒に居て離れた時間はないとのことなので隠し通路を通り公を殺す時間は無かったはずです」
それにもしアーデン夫婦があの隠し通路のことを知っていたのならば……探し続ける我が子のことを考えれば通路を探索し、あの隠し部屋を見付けたはずだ。
そうなればあのカーペットにも気付いていたはず……。
毎年、この城に訪れるくらい自身の子になにが起きたのかの真実を知りたがっていた夫妻が我が子に不幸な事件が降りかかったかもしれない場所の調査をせずに放置するなんてことはないだろうし、そんな場所に我が子の物かもしれないリボンをそのまま残してはおかないはずだ。
「では必然と残りは限られてきます。私は隠し通路を通っているときに二階の赤の客間の前である発見をしました。その赤の客間には覗き穴があり隠し扉はありません。覗くためだけの空間だったのです。そしてそこにはこのラペルピンが落ちていました……恐らく花火を見に私達が来たことは予想外の出来事だったのでしょうから、花火の間にこの殺人計画を立てていたのだとしたらその先のストロング公の行動を監視しなければならなかったはずです。私達と共に居るのならば公を殺すことは出来ませんから……そしてこれはその監視のときにでも落としたのでしょう、あなたのですよね?」
ポケットに仕舞っていたラペルピンを取り出して皆に見えるように持ち上げ、そして犯人を示す探偵の如く一人の人物に向かって突き出す。
シャンデリアの明かりに照らされてアリアドネの指の間で光るそれに瞬時にざわめきが起こる。