地下の部屋⑤
「ジョーズ卿」
そんな二人から離れたクリスティアはジョーズを呼ぶとコソコソと内緒の話を始める。
「それは……ですが道は……」
「問題ございませんわ、行けば分かることですから。これはあなたにしか頼めないことです。殿下の護衛はルーシーがおりますから……ジョーズ卿も問題ないことはお分かりになられているでしょう?」
「ですが……いいえ、畏まりました」
ルーシーはクリスティアの専属侍女になる前に王宮の騎士団に2年ほど所属していたことがあり、その実力は王族を守る聖騎士に最短で任命出来るほどだった。
なのでルーシーの実力ならばユーリを守るに申し分ないことは自身が指導した過去もあるのでジョーズは重々承知しているの……だが!
ルーシーの優先順位は1にクリスティア、2にクリスティア、3,4,5クリスティア……永遠にクリスティアの名前が続いていてそれ以外に与えられる順位と名はない。
なのでクリスティアとユーリが同時に危機に見舞われたら躊躇いなくルーシーはクリスティアを助けてユーリを見捨てるだろう。
そんな一抹ではない不安しかないもののクリスティアの願いという命を聞き入れなければこの先続くラビュリントス王国とディオスクーロイ公国との友好関係にもヒビが入りかねない事実があるのだと脅しを受ければ……拒否の二文字は喉の奥へと下がっていき、代わりに上がってきた溜息を吐くとこの城の皆がいるあの部屋からもう出ないのであればと念を押してジョーズは渋々ながら頷く。
「感謝いたしますジョーズ卿。ではそろそろ青の貴賓室へと戻りましょう」
納得いく返答をジョーズから貰えて満足気なクリスティア。
レータの顔色も少しばかり良くなったのでそろそろ戻らなければ……苛立ったアントが暴れ出して騒ぎになっていては困る。
「本当に戻っていいのクリスティー?」
サロンから赤の間の廊下へと出て、玄関の間まで進んだところでアリアドネがクリスティアにコソコソと話し掛ける。
この下にあの不気味な地下の部屋が隠されているのだ……。
なんだか歩く足も自然と床に踵を付けずに爪先で歩くアリアドネは、クリスティアがなにかこの殺人事件の手がかりを見付けているようには見えないので推理勝負のことを忘れてしまっているのではないかと訝しむ。
「えぇ、問題ございませんわ。アリアドネさんも問題はなくて?」
「う……うん……」
この事件を解決する自信が余程あるのか、逆に全くないから解決をアリアドネに託して勝負を放棄しているのか……。
手の内の全く読めない笑みを浮かべるクリスティアは一人だけなにか、別のなにかを見ているような気がして……その笑みの中にとんでもない秘密を隠しているのではないかという不安がアリアドネの心の片隅に悪寒として湧き上がる。
(弱気にならないの私!シナリオ通りなら、犯人に間違いはないはず!)
そんな不安を振り払うようにアリアドネは手がかりである秘密の通路で見付けたラペルピンをポケットから取り出しこっそりと見つめて握り締める。
絶対この勝負は負けられない。
これが重要な手がかりであることはペルセポネの実にも同じストーリーがあったので覚えている。
そしてそれはメインヒーロー選択のシナリオ、アリアドネの糸でいうところのユーリが選ばれる内容の犯人選択なのだ。
破棄される奴隷契約書を思い浮かべて胸を高鳴らせるアリアドネはこれから待っている自身の勝利を確信し、カーテンコールを鳴らすため終幕の舞台へと上がる女優のような堂々たる気持ちで長く感じる廊下を歩きながら青の貴賓室へと戻るのだった。